人生は変わるが、春巻きは変わらない

アイスム × note「私のイチオシレシピ」 #3

LIFE STYLE
2022.07.28

アイスムとnoteで「#私のイチオシレシピ」コンテストを開催しました。日常の中にある「食」を楽しむヒントになるようなエッセイを中心に、4名の受賞者を選ばせていただきました。

とってもおいしそうな料理のレシピはもちろん、誰が誰のために、そしてどんなシチュエーションで作るのか、その料理に込められた一人一人の物語をぜひ楽しんでください。

今回は、noteにて「家族と誰かに作る料理」や日々に寄り添ってくれる「ごはんの思い出」を綴っている渡邊真澄さんのエッセイ「人生は変わるが、春巻きは変わらない」です。お子さんが幼い頃から15年間作り続けている”渡邊家の肉多め春巻き”のレシピと、家族との思い出が綴られています。


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「信じられへん!春巻きやのに、皮の中にキクラゲとか、たけのこ入ってて、中身があんかけ麺みたいやってん!俺がずっと家で食べてきたんと全然違うねん!」

息子が高校生の頃、友人たちと横浜中華街の中華バイキングに行った。
好きな中華をお腹いっぱい食べられると嬉しそうに家を出たのだが、帰ってくるなり文句を並べ始めた。

「いや、春巻きってこうだよね」
「お前んちの春巻き、どんななの?」

中華街の春巻きにおどろき、残念がる息子に、友人たちは不思議そうに尋ねた。彼らには、息子が話す「春巻き」の方がおどろきだったらしい。

息子の大好物で、私が15年前から作る春巻き。

初めて作ったのは、離婚して、息子との二人暮らしを始めて間もない頃。息子は保育所に通い、私は時給850円のパート仕事をしていた。夕方保育所に迎えに行き、家に帰ったらごはんを作り、息子と食べる。

忙しく毎日必死で生きていたからなのか、今のようにSNSに残すこともなく淡々と作っていたからなのか、どんなごはんを作っていたのかをほとんど覚えていない。でも今も作り続けている料理の一つが、この春巻きだ。

中身は豚ミンチともやし。2センチくらいに切ったニラと硬めに戻した春雨。
味付けは、塩こしょうと、醤油、ごま油とオイスターソース。
具は炒めずに、すべてボウルに入れてよく混ぜる。片栗粉でまとめたら春巻きの皮にのせ、くるくるっと巻いて、フライパンに2センチほど油を入れて揚げる。

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あまりに簡単でおいしくて、息子も喜んだので、春巻きはこの一択となったのだ。

初めて作った時は豚ミンチでなく豚こまを使った。でも「おいしいけど、お肉さん苦手!」と幼い息子が言うので、ミンチに変えたら「おいしい!」と2本、3本とたくさん食べるようになった。

元は料理ブログで偶然見つけたレシピだけど、検索したら同じようなレシピがずらずら出てきたので、多くの家庭で作られている春巻きなのかもしれない。私は味付けや中身の量を作るたびに変えて、今のレシピに落ち着いた。

春巻きは、息子だけでなく私も好きな料理だ。

もやしとニラ、春雨と豚ミンチというお財布にやさしい材料。さらに、ニラと春雨をキッチンバサミで切ると、包丁とまな板もいらない。

今よりもっと、一人で働きながら子育てをする女性が少なかった時代だ。

「お仕事でお忙しいでしょうから、揚げ物なんてしないでしょ?」

と言われた時には、「うちよく春巻きしますけど?」と切り返した。彼女は、肉や野菜たっぷりの具材を炒めて冷まして包んで揚げる「春巻き」を勝手に想像したのか、あっさり会話が終わった。私がどんな春巻きを作っているのかは、聞かれないかぎり話さなかった。

息子が小学生となり、低学年から中学年、高学年と学年が上がるのに比例して、春巻きの豚ミンチの量も増えた。もうお肉さんは苦手でなく、大得意となっていた。

半分以上豚ミンチの具材をぎゅうぎゅうに包んだ私の春巻きは、ぱんぱんに膨らんだ。その膨らんだ春巻きを、息子は5本、6本と食べていた。

春巻きの膨らみが増していく中、私の仕事と収入も徐々に変化していった。時給850円のアルバイトから、大学研究所のアルバイトに転職。その後、別の研究所の嘱託職員になり、二人の暮らしも少しずつ楽になっていった。

子育てと暮らしはだいぶ楽になったけど、一つ状況が悪化したことがあった。木造アパートの流し台でがんばっていた給湯器が壊れたのだ。大家さんに相談するとガス屋さんが来てくれたけども、給湯器だけでなくガス管もあまりに古いため、修理も付け替えもできないと言われた。

水しか出ない流し台と食卓で、私は毎日晩ごはんを作った。もちろん、春巻きは数えきれないほど包んだ。毎年秋の終わりになると、鍋でお湯を沸かして、その湯を使って洗い物をしていた。水温む、春が待ち遠しかった。

そして、息子が中学生になる年の春。縁あって再婚し、横浜で暮らすようになった。

「お湯が出るー!洗いもんしてても手が冷たくならへん!」
「すごいで!洗った茶碗も冷たくないで!」
三人で暮らし始めたマンションは、オール電化だった。息子と私が初めて台所で洗い物をした時、二人で大喜びした。会話を聞いていた夫が「きみら、どんな生活してたんや」とおどろいた。

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そんな夫は、初めて私が春巻きを作るのを見ておどろいた。

「え?具材炒めへんでそのまま包むん?」
「そんなちょっとの油で揚げて大丈夫なん?」

夫が今まで食べたことのない「春巻き」。

次々と春巻きを自分の皿に乗せる息子を横目に、夫は一口食べて「食べたことない春巻きやけど、うまいなあ」とおどろいていた。

初めて春巻きを作った時から、食べた日から、どんどん人生は変わっている。

初めて春巻きを作ったのは木造アパートのお湯が出ない台所。今はオール電化マンションの快適なキッチン。二人暮らしから三人家族。

息子は成人し、夫は還暦を過ぎた。だが、私の作る春巻きは変わらない。やがて息子が家を出て、食べる人が夫と私だけになり、豚ミンチの量が減っても、私の春巻きは、この春巻きなのだ。

渡邉家の肉多め春巻き

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材料(4人分)

  • 豚ミンチ…450g程度
  • ニラ…1束
  • もやし…1袋(200g)
  • 春雨…30本(約10g)
  • 塩…小さじ1/2
  • オイスターソース…大さじ1
  • 醤油…小さじ1
  • 片栗粉…大さじ1.5
  • 春巻きの皮…10枚
  • 揚げ油…適量

作り方

1. ニラを3センチくらい、春雨を2センチくらいに切る。もやしは洗ってザルに上げておく。春雨は戻しておく。
2. ボウルに豚ミンチと塩を入れて混ぜる。
3. その他の材料をすべてボウルに入れて、まとまるように混ぜる。
4. 3を10等分(春巻きの皮の枚数分)して、春巻きの皮で包む。
5. フライパンに油を1〜2センチほどの深さになるように入れ、170℃に熱する。春巻きを2、3個ずつ入れ、こんがりと揚げる。
6. 揚がった春巻きは、揚げ網などにのせて油を切る。

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渡邊真澄さんのnoteはこちら


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編集・構成:佐々木沙枝
イラスト:今野志保