南イタリア・プーリアにて、一期一会のミネストローネ
前回お送りしたパリ編に続き、今回は南イタリア編。イタリアの国は「ブーツ」の形に似ていることで知られるが、今回訪れたのはそのかかとの部分にあたるプーリア州。なぜここを訪れたかというと、京都にある大好きなプーリアレストラン「オステリアコナチネッタ」に通い詰めるうちに、プーリア料理の魅力のとりこになってしまったから。
プーリア料理は、オリーブオイルや魚介、野菜をたっぷりと使うことが特徴。素材を味わい、素朴な面持ちの和食に通じるような料理が多い。これを本場で食べてみようと思ったのだ。
オリーブの都、プーリアへ
ミラノから南イタリアのバーリ空港に降り立ち、電車に乗ってさらに南下していく。途中窓から見えるのは、永遠に広がるかのように思えるオリーブの木たち。プーリア州はイタリアの中でもオリーブオイルの一大生産地と聞いていたが、実際に目にして自分が本当にプーリアにいるのだなと実感した。
プーリアでは自宅でレストランを開く女性のお手伝いを一週間ほど体験し、そのあと近郊の小さな街を6つほど訪れた。
郷土料理をいくつか食べた中でいちばんおいしかった料理は「じゃがいもと米とムール貝のオーブン焼き(リーゾ・パタテ・エ・コッツェ)」。
名前の通りの料理で、上記の材料に加えてトマトやにんにく、パセリなどを混ぜ合わせてオーブンで焼いただけのシンプルな一皿。
じゃがいもと米を一緒に料理するってどういうこと?と思っていたが、食べてみて納得。ムール貝のエキスがじゃがいもと米に染み込んでいて、かために炊いたお米がアクセントになってちょうどいい。久しぶりにだしの効いた料理を食べて、身体に沁みた。
それから、いちばん印象的だった料理は「茹でそら豆のペーストとチコリの葉っぱの茹でたもの(ファーベ・エ・チコリア)」。
こちらも名前の通り乾燥そら豆を茹でてペースト状にしたものと、くたくたに茹でたチコリの葉っぱをあわせてオリーブオイルをかけて食べるとても素朴な料理。まったりとしたそら豆のペーストとほろ苦いチコリの葉が好相性で、田舎っぽい味にほっとする。
何が印象的なのかというと、こういう料理が観光地のおしゃれなレストランで堂々と出てくること。生の魚介類の盛り合わせや、肉料理などの派手な料理が並ぶなかに、ひっそりとだけれど素朴な料理が存在しているのはすごいことだと思う。
プーリアで生まれ育ったイタリアの方々と一緒に食事をする機会があり、ファーベ・エ・チコリアが大好きになったと話したら、みなさん口を揃えて「私も本当に大好き」と言っていた。
一期一会のミネストローネ
そんな食いだおれの旅の途中、自炊できる宿に泊まり、五感をひらいて料理してみた。
私が料理を作るときは、いつだって自分に「何を食べたい?」と聞くことからはじまる。自分の中の感覚をひらいて、食べたいものを探すのは、とても豊かな時間。
出てきた答えは「あったかい野菜のスープ」だった。旅の途中はどうしても野菜不足になりやすいのと、イタリアの人たちはそこまで熱々にこだわらないようで、やけどしそうなくらい熱々の汁物好きとしては少し物足りなさを感じていた。ということで今晩のメニューはミネストローネに決定!
宿の近所のスーパーマーケットで、量り売りの野菜を買った。根菜類などの定番野菜に加えて、イタリアの特徴的な食材であるチーマ・ディ・ラーパ(奥に写っている青菜)、パンチェッタ、白いんげん豆の水煮を買ってみた。
チーマ・ディ・ラーパはアブラナ科の野菜で、大きい菜の花のような野菜。パンチェッタは塩漬けされた豚肉で、カルボナーラ用として売っていた。白いんげん豆はスープや煮込み料理によく使う食材で、豆を茹でただけなのにしっかりと植物性のうまみが感じられる。
前の日にファーマーズマーケットで買ったなすとズッキーニも加えることにした。これらを見ているだけで、作りたくてうずうず。
ミネストローネは家で何度も作ったことはあるが、適当にやるのではなく、せっかくなら本場風の作り方を真似てみたいと思い、YouTubeで調べてみた。
なんともおばあちゃんらしい風貌のイタリアマンマがミネストローネを作る動画を見つけ、視聴している最中に声を出して笑ってしまった。おばあちゃんが途中で歌い出すのだ(そしてうまい)。人生の楽しみとして料理をやっているんだなぁ、と伝わってきてうれしくなった。それではそのおばあちゃんの作り方をざっくりと真似て作っていく。
野菜はすべて食べやすいサイズに切る。久しぶりに自炊したので、玉ねぎで涙を流すことも懐かしく、他の野菜も無心で切り続ける。料理は瞑想である。
たっぷりのオリーブオイルで玉ねぎとパンチェッタを炒める。オリーブオイルは惜しまないのがコツ。
その後、根菜類を入れてまたしばらく炒める。この時点で鍋から漂う香りがなんともかぐわしい。
ズッキーニなどの果菜類やいんげん豆を茹で汁ごと入れる。
その上からチーマ・ディ・ラーパと水を加え、ふたをして弱火でコトコト煮ていくだけ。あとは時間がおいしくしてくれる。
イタリアの野菜は日本の野菜に比べて水分が少ないようで、思っていたよりも汁気が少なめの、煮込み料理のような仕上がりになった。
最後に塩で味を調整して、器に盛る。
すべての具材のだしが渾然一体となり、一口食べただけでもものすごい満足感。
スープ皿が大きいものしかなく、この一皿だけで三人前ほどあったが、手が止まらずに気づいたらぜんぶ食べてしまった。
イタリアの生野菜は、イタリアでしか手に入らない。料理は今、手元にある食材でしか作ることしかできず、今この瞬間を味わう行為なのだと感じた。一期一会のミネストローネのこの味を、ずっと忘れないだろう。