育児 × 介護 = “戦略的”二世帯同居!への道 Step17: 組み立て式家具、その恐怖
義理の両親との二世帯同居を決め、中古の一戸建てを購入し、いよいよ引っ越しも迫った甘木一家。
新居へ持ち込む家財の内容やリフォームについて、引っ越し業者の選定など、義父母との軋轢でフラストレーションの溜まった私は、新生活の準備にかこつけ、新しい家具の買い物でストレスを解消しようと試みますが…?
ささやかな復讐
前回、引っ越し業者を一方的に高値で義父母に契約された私は、行き場のない怒りをぶつける先を求めて、某・北欧組み立て家具専門店・IK○Aを訪れていました。
以前から北欧テイストのデザイン家具に憧れがあり、また、予算的にもお手頃なこともあって、新居の若夫婦世帯部分の家具はここで揃えようと、かなり早い段階から決めていました。新居に入居してから家具を購入し、楽しみながら少しずつ組み立てようと思っていたのです。
カタログをしっかりチェックし、事前に下調べで足を運び、購入する家具には目星をつけていました。コンパクトにパッキングされた組み立て式のため、大型の家具でも自分で持ち帰れるのがここの製品の売りですが、今回購入するのはベッドやソファなど重量物が多いため、車にも乗せられないし、とても自力で持ち帰れる量と重さではありません。
そのため配送サービスを利用することになるのですが、引っ越し当時は、配送サービスを利用しても届けてくれるのは玄関先までとの規定がありました。購入する家具は主に新居の二階で使用するもののため、運び込むのはかなり重労働になるな…と、唯一そこだけが不安要素でした。
しかし、私はある解決策…というか、悪だくみを思いつきます。
前回詳細にお伝えした通り、義父母は、私が頼まれて懸命に引っ越し業者の下調べをして段取りを組んだ見積もりの手順をまるっと無視し、一件目に見積もりに来た業者の口車に乗せられて、相場の倍近い値段で親世帯子世帯分の同日引っ越しの契約を結んでしまいました。
どう考えてもボッタクリ相場より高い価格でまんまと契約を取り付けた業者に、子世帯である私たちのアパートの荷量を確認しに来なくていいのか?と電話で問い合わせたところ、大丈夫です、アパートの荷物の量によって引っ越しの価格が変わることもないです、との言質をとりました。
…へえ。それならば。
…組み立て式家具、新居に入居するまで待たずにこのアパートに配達してもらって、引っ越しの時に業者さんに全部、二階の各部屋まで運んでもらえばいいんじゃない?
悪魔が私の耳元でささやきます。止める天使の声は特に聞こえません。
よし、やっちゃえ。
意気込んだ私は、息子をベビーカーに乗せ、意気揚々とI○EAに乗り込みました。浪費家の気のある私は、大きな金額の買い物をする大義名分があることに、大いに興奮していました。
憧れだった、旦那と息子、3人で寝ても余裕のあるクイーンサイズのベッド。選べるベッドマットは、しっかりと厚みのあるフォームマットを選びました。
そしてこれも憧れだった、壁一面の天井まである本棚。
PC用のデスクに、子供の衣類を入れるキャビネット。
そしてずっと欲しかった、しっかりと重量感のある本革のソファ。金属製の脚がついていて、多少押したくらいではびくともしません。
これらをすべて、組み立て前の段ボール箱に入った状態で、今住んでいる3DKのアパートに配送してもらいます。
生活用のスペースを大いに侵食し、はっきり言って物凄く邪魔ですが、それも引っ越しまでの一か月ほどのことです。
引っ越し業者にはボッタクリ価格の分、しっかり働いてもらおうじゃないの…
引っ越し業者と義父母へのどす黒い感情を、大きな買い物の快感で帳消しにし、私の心はすっきりと晴れやかでした。
…実際に、荷物がアパートに運び込まれるまでは。
主婦、初めての経験
そうして引っ越しの日を約一か月後に控えたある日。家具屋の配送担当ドライバーから、本日荷物を運びに伺います、との連絡が入りました。
大量の大型段ボール箱の搬入に備えて玄関先を片付け、玄関のすぐ横の物置部屋を整理して、保管するスペースはすでに作ってあります。
物置部屋に入りきらない分は、やむを得ず玄関から伸びる廊下をえっちらおっちらと運び、ダイニングキッチンや隣のリビングに保管しようという心づもりでした。
玄関のチャイムが鳴り、配送ドライバーのお兄さんが二人がかりでどんどん荷物を運んでくれます。
規定ではドライバーが荷物を運べるのは玄関先までということでしたが、こちらが女性であることを気遣って頂いてか、玄関のすぐ横の部屋まで荷物を運び込んでくれました。
しかし、量の多さが尋常ではありません。
もともとさほど広くない物置部屋は、ほどなくして、ずっしりとした家具の箱で一杯になってしまいました。
「あと、これを含めて大きいのが二つ残ってるんですが…」と言いながらお兄さんたちが持ってきたのは、分解しようのないクイーンサイズのマットレス。
スプリング式ではなく、全体にぎっしりとクッション材の詰まったフォームマットレスのため、重さ数十キロと、かなりの重量感です。
「…奥の部屋に運ぶんですけど、お願いできたりしますか…?」
ダメ元で拝みましたが、
「すいません、それはちょっと…」というお返事。玄関の隣の部屋に運んでもらっただけでも十二分に有難かったので、そりゃそうですよね無理言ってすみません、とビニール袋に梱包されたマットレスを受け取り、必死で奥の寝室まで引っ張っていきました。時期はまだ残暑厳しい9月の日中、汗が滝のように額をつたって流れ落ちます。
ぜえぜえ言いながらなんとかマットを寝室に押し込み、玄関に戻ると、お兄さんたちが最後の荷物を運び込んでいるところでした。
最後の荷物。奮発して買った、レザー製の三人掛けソファです。
分解しようのないその巨大でずっしりと重量感のあるソファが、お兄さんたちの神業めいた搬入技術により、玄関のドアの幅ぎりぎりに押し込まれています。狭い玄関スペースは腰の高さまで完全にソファに埋め尽くされ、それどころかまっすぐ繋がる廊下の半分ほどまでをソファが占領しているのです。両脇の隙間は数センチほどしかなく、とても人間が通り抜けられる広さはありません。運び込んでくれたお兄さんは、茫然としている私に品物受け取りのサインを求めたあと、「失礼します」と梱包用ビニールをかけたソファに軽やかに飛び乗り、橋を渡るようにして玄関ドアへと向かいます。
「ありがとうございました~」の声とともに閉じられたドア。
残されたのは、みっちり詰まったソファによって完全に人の出入りが制限された廊下と、汗だくで茫然とする私と、母の困惑も知らずにベビーサークルの中から出せと騒ぐ1歳の息子でした。
…これ、どうしよう。
旦那の帰宅を待って二人がかりで移動させるのが最善とは思いましたが、折悪しく旦那の仕事は繁忙期で、帰宅は深夜、出勤は早朝という殺人スケジュールです。
疲労困憊している旦那に、深夜に肉体労働をさせるのも忍びなく、できるところまでは自分でやってみようと、ソファにかけられたビニールを掴み、廊下の奥の部屋へ引っ張ろうとしました。しかし予想に反して、ソファはびくともしません。
…重い。なんだこれ、ものすごく重い。
1人でも何とか寝室に押し込むことができたマットレスとは違い、ソファは百キロ以上もあろうかという重量感。おまけに梱包材のビニールが滑りにくい素材で、床との摩擦が大きいのです。
更に、あまりにもみっちりと廊下に詰まっているため、ソファの両脇には手を差し込めるスペースすらなく、梱包のビニールを掴んで引っ張るという非常に非効率的な運び方しかできないのです。
とにかくこのままでは外出もままならない。
歯を食いしばり、必死でソファを引きます。童話の「おおきなかぶ」に出てくるおじいさんもおばあさんでも、こんなに必死でかぶを引いてはいなかったでしょう。
自分の全体重が指先にかかり、十指の関節すべてがぎしぎしと軋みます。
頭の血管が切れるんじゃないかと思うくらいの力で引いても、動くのはほんの数ミリずつ。
荷物が重くて泣いたのは、二十数年生きてきてあの時が初めてだったと思います。
その日の深夜。帰宅した旦那が玄関を開けて目にしたのは、キッチンの真ん中に中途半端に放置されたソファと、死んだ魚のような目をした私でした。
…やっぱり、小ずるいことを考えずに、新居に配達してもらえばよかった。そうしたら玄関が広いから、こんなことにはならなかったのに。
…いや、でもこの重量のものを二階に自分たちで運び込むのはやっぱり無理がある。これでよかったんだ。
…どっちにしてもめちゃくちゃ指と腕と腰が痛いな…
私のちょっとした悪だくみは、自業自得な雰囲気を醸し出しつつ、終わりを告げたのでした。
こうして新居の家具も揃い、あとは引っ越しの日を迎えるのみとなった甘木一家。
二世帯同日の引っ越しは、やっぱり想像以上のカオスで…。
次回もぜひ、お楽しみに!