〇〇なときは映画に逃げろ!! ~第7回 出会いと別れの季節~ 後攻:カワウソ祭「ビッグ・フィッシュ('04)」
1. 繰り返す「出会い」と「別れ」
ウオーーー!後攻のカワウソ祭です!今回のテーマは春らしく「出会いと別れの季節~愛の未来へ~」とのこと。イイですね~。やっぱ学生の群像劇とか、恋愛めいた青春映画を持ってくるべき?桜舞い散る樹の下で告白な感じかな?と思いきや、来ましたね。先攻は
『ストレイト・アウタ・コンプトン』。ギャングスタラッパーの青春とは、また特濃の1本だな……。
最近ようやく、バズ・ラーマン監督のドラマ『ゲット・ダウン』でHIP-HOPの魅力に触れた程度のカワウソですが、加藤さんのコラムから刺激的な面白みはガンガン伝わってきました。暴力、金、ドラッグそしてHIP-HOPという、力強い味わいに対比しうる1本をオススメしましょう。
出会いと別れの季節といえど、出会いも別れも、生きている間じゅう繰り返されるもの。ときに、人生の終着点である「死」という永遠の別れを前にしても、大きな出会いがある。そんなストーリーを美しく描き上げ、多くの映画ファンが「ティム・バートン史上最高」とタイトルを挙げる『ビッグ・フィッシュ('04年)』について、ごく個人的な思い出とともにご紹介します。カワウソにとって人生の1本といっても過言ではなく、上京時に少ない荷物へ加えたDVDの1枚でした。
さっそく余談ですが、かつて喫茶店で、この話を聞くなり「俺もだよ!」と叫んで立ち上がり、なぜか握手を求めてきたのが今の夫です。我が家には同じDVDが2枚並んでいます。
Blu-ray ¥2,381(税抜) / DVD ¥1,410(税抜)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ ピクチャーズ
©2003 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ティム・バートン監督といえば、『シザーハンズ』や『マーズ・アタック』、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の原案、『チャーリーとチョコレート工場』に『アリス・イン・ワンダーランド』……挙げればきりがないほど、子供から大人まで楽しめる数多くの映画を世へ送り出してきたヒットメーカー。ヘレナ・ボナム=カーターやジョニー・デップを特殊メイクで別人のようなキャラに仕立てたり、世間から迫害されるアウトサイダーやフリークスに魅力的な活躍の場を与えたりと、サブカルチャー的な視点でも好まれるイメージがあるかと思います。
本作でも様々なフリークスが活躍します。なかでも、身長が5mもある巨人役にマシュー・マッグローリー。この人は実際に巨人症で、特性を活かしてマリリンマンソンの「Coma White」のPVや、ロブ・ゾンビのカルトホラー作品に出演しています。小人のソギーボトムは、『チャーリーとチョコレート工場』で大量のウンパルンパを演じたディープ・ロイ。サーカスの団長役に『バットマン・リターンズ』で主役を上回るほど強烈なインパクトを放つ悪役「ペンギン」を演じたダニー・デヴィート。この三者がいっぺんに出てくるシーンは、オタクにはたまらない画になっています。
こうした、ティム・バートン作品に期待するファンタジックな世界観を存分に味わえる一方で、『ビッグ・フィッシュ』は他作品と毛色の違う繊細な演出が感情を揺さぶります。
2. もしも、高田純次が自分の父親だったら
さて、本編は巨大な魚の影とともに「決して釣れない特別な魚がいる」という語りで始まります。声の主は主人公の父親、エドワード・ブルーム(ユアン・マクレガー/アルバート・フィニー)で、彼が子供を寝かし付けたり、サマーキャンプで焚火を囲みながら、この魚について語る現実の光景と「ホラ話」の映像が交差します。
「その巨大な伝説の怪魚について、人々は"川で溺れ死んだ泥棒の化身だ"とか、"白亜紀の恐竜の生き残り"と噂した。ずっとそいつを釣り上げたかったが、どんなエサにも食いつかない。しかし、もし泥棒の化身なら、特別なエサが必要だとひらめいたんだ」
回想のなかで、エドワードは自分の金の結婚指輪を丈夫な釣り糸に結びます。怪魚は一瞬で指輪をのみ込み、釣り糸を噛み切ってしまいました。卵を抱くメスだった怪魚は、なぜ他のエサに見向きもせず、指輪をのんだのでしょうか?
「その日、私は学びました。釣り上げにくい女性を釣り上げる唯一の方法は、結婚指輪を捧げることです」
なんとも美しいオチ!語り終えたエドワードが拍手を受けるその場所は、息子であり、主人公のウィル・ブルーム(ビリー・クラダップ)の結婚式に移っています。昔から何度も語ってきた小咄を、スピーチとして披露していたのでした。
しかし、小さな頃から父親の話を聞き飽きたウィルは「今日くらいはホラ話をやめて」と不満を爆発させます。
2人は仲違いをしたまま月日が流れ、ある日、エドワードが病に倒れたという報せが届きます。先が長くないことを悟ったウィルは妻と共に実家へ戻り「真実を語って、本当の父さんを見せてほしい」と頼みますが、エドワードは相変わらず現実と作り話に境界がなく、要領を得ません。小康状態を挟みつつも、病状が悪化していく姿を前に、生真面目なウィルはなんとか父親の真実の過去を知ろうと奮闘します。
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この、アルバート・フィニー演じる老いたエドワード・ブルームは、本当におちゃめで素敵なおじいさんです。が、おおよそ父親が高田純次だと思うとウィルの気持ちが分かりやすいかもしれません。常に周りを笑わせて、皆に好かれているけれど、冗談しか言わないので本当のことが分からない。親がそうだと思春期くらいに一回メチャクチャ衝突しそうですね。大好きですけど、高田純次。
3. 心の風景は「ウソ」なのだろうか
エドワードが語ってきた言葉通りの過去はこうです。
「若かりし日の私は、超優秀、万能で町一番の大者だった。ある日、町に乱暴な巨人が居着いてしまったので、彼の元へ赴き『大きなあんたと高い望みをもつ僕に、この町は小さすぎる』と声をかけ、ともに故郷を旅立った。道中では奇妙な町に迷い込んだり、サーカスで働いたりした。そして、運命の女性に出会った……」
明るく幻想的に描かれる回想シーンでは、ユアン・マクレガーが若きエドワードを演じており、溌剌とした美青年の絶妙な“小芝居”感が、巧みに夢想の世界を演出しています。
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現実ではウィルが書斎を調べ、人を訪ねながら、父親の荒唐無稽な話の「真実」を探りますが、母親は「全てが作り話というわけじゃないのよ」とたしなめます。
徐々に見えてきたのは、苦労を重ねながらも人々に慕われ、愛されてきた父親の姿でした。「真実」の一部を知ることもできましたが、それらはごくありふれた物語にすぎません。味気ない「真実」を、優しい甘さにコーティングした「ホラ話」は、果たして無駄なものだったのでしょうか。あるいは、エドワードの愛情とユーモアをもった目で世界を見たとき、色鮮やかな冒険の日々こそ、彼にとっては真実だったのかもしれません。
カワウソの祖父もメチャクチャ言うジジイで「子供のころ作った模型飛行機が校庭を9周飛んだ」とか明らかなホラを吹くんですよ。子供の頃は感心しましたが、思春期には聞き流していました。しかし大人になった今は「そうだったことにしよう」と思います。
子供の頃の祖父が飛行機を飛ばすと、それはいつまでも校庭を飛び回り、全校生徒が驚き、尊敬しながら見守る。そんな「心の風景」を、一緒に想像して楽しむようになりました。
心の風景を語るならば、冒頭でお話したカワウソと夫のちょっとしたエピソードだってこうです。
「突然立ち上がった彼に握手を求められたとき、時は一瞬止まり、町じゅうの電気が眩く輝いてショートしてしまった。暗闇の中で手を握り合ったまま、お互いの姿だけがハッキリと見えた」
真実だけを語ればこっけいな一場面ですが、とても色鮮やかな嬉しい出来事でした。心の風景に忠実になり、ホラを交えて語ったほうが、より本心を描写することになります。
4. 別れのためにもう一度出会う
終盤でウィルは、死に面したエドワードの求めに応じ、自分で考えた荒唐無稽な『父さんの最期』を語り始めます。この映画を観るたび、どうしようもなく泣けてくるのは、ウィルは父親の目線で物語をなぞったことで、一度は決別したエドワードと新たに出会い、彼を理解し、別れを受け入れる準備ができたのではないかと感じるからです。
動揺する心を整え、別れの準備が必要なのは、旅立つ人ではなく、残される人のほうです。おそらく、エドワード自身はとっくに自分の人生に満足していて、死を受け入れていたのではないでしょうか。
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ダニエル・ウォレスの小説が原作にあるとはいえ、あまりに監督の作風とベスト・マッチな本作。難点があるとすれば、カワウソは『ビッグ・フィッシュ』を気に入りすぎて「観たかったものが観られた」と充足してしまい、しばらく他の作品を追わなくなったことです。とはいえ、2017年公開の『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を劇場で観て、「やっぱりこれからもティム・バートン映画を追って行こう」と考えを新たにしました。
それでは、また次回!!!!