〇〇なときは映画に逃げろ!! ~第7回 出会いと別れの季節~愛の未来へ~ 先攻:加藤よしき「ストレイト・アウタ・コンプトン(’15年)」
■1 出会いと別れの季節~愛の未来へ~
こんにちは、先攻の加藤よしきです。前回は「バレンタインにチョコをもらえなかったとき」というテーマで記事を書きましたが、いや〜〜後攻のカワウソ祭さんの記事は素晴らしかったですね。そっと寄り添うような優しいコラムと言いますか……それに比べて僕は、口を開けば犯罪に暴力、人体が派手に破壊される映画ばかり。ここはスマイルを集めるサイトなのに、なぜ暴力沙汰の話ばかりしているのでしょうか?このままではいけません。今後は態度を改めていきたいと思います。
そんなわけで、心なしか風も暖かくなり、遠くの方に春の気配を感じる今日この頃。進学・就職で新たな門出を迎える春らしく、今回のテーマは「出会いと別れの季節に見る映画」です。実に爽やかなテーマ、まさにサクラサクミライコイユメと言ったところ。今回はそんなテーマに相応しく『ストレイト・アウタ・コンプトン('15年)』をご紹介します。同作は1980年代後半、アメリカで最も治安がデンジャラスな街コンプトンで結成された伝説のHIP-HOPグループ“N.W.A.”の出会いと別れを描いた音楽青春映画です。そして同時に会社を辞める映画の傑作です。世の中には色々な映画がありますが、会社を辞める映画としてここまで勇気をくれる映画もありません。何故なら本作は音楽史上屈指の転職成功話でもあるからです。
■2 転職を考えている貴方に届け!転職映画の傑作が登場!
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税 発売中
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント(2018年3月時点の情報です)
この春から勤め人になる方も多いかと思いますが、世の中には狂った会社もあるもの。私も数年前から会社員をやっていますが、最初に入った会社は上司がスピリチュアルに傾倒していました。入社してすぐに「この会社には悪い気が充満している。お前も見えるだろう?」とジャブを喰らい、思わずガードが空いたところに「悪いモノは大気中にいて、耳から侵入する。防ぐためにイヤホンをつけろ」「この会社の人間は全員敵だ。信用するな」等々、いいパンチを幾つも貰ってしまいました。そんな人の下で働き続けた結果、私が人間不信になったのは言うまでもありません。最終的には辞めることになったのですが、あの数年間が自分のためになったとは思いませんし、もっと早く辞めるべきだったと今でも後悔しています。そして、もしあの時、私が本作を見ていれば……。さっさと辞めて、もっと良い形の「今日」があったかもしれません。
さて、本格的に映画の内容に入る前に、必要な知識を1つだけ押さえておきたいと思います。皆さんはイヤホンのBeatsをご存知でしょうか。N.W.Aには、あの会社の設立者がいます。それがプロデューサーでラッパーのドクター・ドレー(Dr.Dre)。彼はBeatsの仕事以外にも、今や超大物となったエミネムを世に送りだしたりしています。もうお分かりでしょう。ドレーは現代アメリカで最も成功しているミュージシャンの一人です。このことだけ覚えておいてください。
A)あの頃、確かにオレらは一つだった……物騒だけどピュアな青春群像
映画はドラッグの取引現場から始まります。ジャンキーと売人がトラブルになり、一瞬即発状態になっていると、そこに警察の装甲車が突撃!およそ青春映画とは思えない荒みきったオープニングですが、掴みはバッチリ。そして、この時の売人が後にN.W.Aの中心となるイージー・E。その後、色々あって前述のドレー、MC・レン、DJ・イェラ、そして今では映画俳優としても有名なアイス・キューブが加わり、N.W.Aが動き始めます。ここから物語は一気に加速。“Fuck The Police”といった中学生の英語力でも過激だと分かるラップを武器に、N.W.Aは時代の寵児として成り上がっていきます。運命的に出会った若者たちが、周囲の大人たちを出し抜いて大成功を収める。銃や麻薬が出てきますが、その疾走感とキラキラ感はまさに青春映画。だからこそ後半も泣かされます。多くの音楽グループがそうであるように、N.W.Aも成功と共に人間関係が狂い、悲劇的な結末を迎えることに。さらに最後には……伝記映画なのでこの先はググれば一発で分かりますので、あえて書かないでおきましょう。もちろん本作は事実だけを描いてわけではありません。相当に美化されていますし、実際の時系列的にありえない部分がある、初期メンバーのアラビアン・プリンスの存在が消滅している等々、物語として収まりがいいようにいろいろ整理されています。とは言え映画は映画です。この物語が終わったとき、きっと古い友人に会いたくなるでしょう。
B)ドレーが転職に至るまで~恐怖!上司は極悪犯罪者!!~
本作は青春映画として優れた作品ですが、先に書いた通り、仕事を辞める映画の傑作でもあります。次はその部分に注目しましょう。映画は中盤でN.W.Aが崩壊して、ドレーにも試練が訪れます。色々あって彼はシュグ・ナイトという人物と組んでデス・ロウというレーベルを設立、幾多の名盤を発表するのですが……このシュグはマジモンの犯罪者でした。暴行・発砲は日常茶飯事、元アメフト選手でガタイもよく、言うなれば凶暴な筋肉ダルマ。上司がアメリカ芸能史上に残る極悪人だったのです。不良のドレーですが、そうは言っても本業はミュージシャン。人殺しには付き合いきれません。おまけにシュグはドレーが頑張って稼いだ金をパーティーで散財する始末(しかもパンツ一丁の男に闘犬をけしかけて遊ぶ最低のパーティー)。このままではダメだと思ったドレーは、退社の意向を固めるのですが……。シュグから見れば、ドレーは金の卵を生むニワトリ。手放すわけにはいきません。「辞めるなら作った曲の権利を全部渡せ。うちのアーティストとも仕事をするな」と迫ります。しかしドレーは「全部くれてやる」と、シュグの慰留(脅迫)を気持ちいいほど一蹴。好きな音楽を好きに作るレーベル、“アフターマス(その後)”を作るため、堂々とデス・ロウを出ていくのでした。そして……!
C)怒涛のヨイショ祭り!今すぐ転職したくなる最高のエンディング!
この映画の真の見所はここからです。ドレーがデス・ロウを辞めた瞬間に映画はエンドロールへ突入。するとN.W.Aの実際の映像と、彼らの“その後”、特にドレーがデス・ロウ退社後にいかに成功したかが畳みかけるように語られます。2パック、スヌープ・ドッグと言ったデス・ロウ時代から馴染の面子に加え、エミネム、50 CENT、そして今をときめくケンドリック・ラマ―と言った超豪華なメンツが「ドレーのおかげでイイ歌詞が書けた」「成功はドレーのおかげ」「ドレーから色々なことを学んだ」とリスペクト&ヨイショしまくり。さながら雑誌の開運グッズ状態ですが、語られる功績は全て事実。そこにダメ押しの如くBeatsの成功を伝えるニュース映像が挿入されます。デス・ロウから転職した後の成功体験が語られるわけですから、劇中でのドレーの苦労が一気に報われたようで、とにかく気持ちいい。しかもフィクションではなく単なる現実なので説得力が違います。世の中にこんな上手く行くことがあるのか。だったら俺だって……と、ついつい夢を見てしまうほど。もちろんドレーの成功は才能と努力の賜物であり、陰には様々な苦しみがあったことでしょう。しかし、そうだと分かっていてもなお「俺も一発やってみるか!」という気持ちが湧いてきて、とりあえず会社を辞めたくなります。
■3 自分なりの“アフターマス”=“その後”を目指して……。
人生には出会いと別れがつきものです。映画は往々にして出会いや別れでエンドロールを迎えるものですが、現実には必ず“その後”があります。どんな素敵な出会いでも、その後は最低かもしれません。逆に最悪の別れのその後は、素晴らしいものになるかもしれません。偉い人は言いました。人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまで中身は分からない。この名言に付け足すならば、開けたその後にどうするかは自分次第と言ったところでしょうか。そしてこの映画を見れば、きっとあなたも「ドレーやキューブみたいに、最高の“その後”をモノにしてやろう!」と思うはずです。それでは、カワウソ祭さま。引き続き、ぶちかましちゃってください。ストリートの流儀を教えてやろうぜ!