カレーもドーナツも薬膳に?食材の組み合わせで健康的な食事に変わる
普通の家庭のリアルな1週間のごはんを紹介するシリーズ「となりのおうちの『1週間ごはん』」。今回は、東京・中野区で薬膳教室を開いている田中奈津子さんのご自宅に伺いました。病気になったことをきっかけに、さまざまな食事療法を学び、薬膳にたどり着いたという田中さん。薬膳の考え方を取り入れた、家族の体調に合わせて作る日々の料理を紹介してもらいました。
田中奈津子さん
東京の下町育ち。レストランなどの店舗開発を手掛ける会社に勤めた後、フリーランスのフードコーディネーターに。30代半ばで甲状腺がんを患い、寛解した後に食生活を見直して薬膳を学ぶ。国際中医薬膳師の資格を取り、薬膳教室「WALNUTS KITCHEN」を主宰。家では二人の娘の母として、家族の体調に合わせて、薬膳の考え方を取り入れた料理を作っている。
和、洋、中、どんな国の料理も薬膳になる
お昼はもう食べましたか?よかったら、スープを作ったので召し上がりませんか。
——まだ食べてないのでうれしいです! これは何のスープですか?
これは紅花とカリフラワーのポタージュです。油を使わず、お湯とミルクだけで炊くのでさらっとしてるんですよ。
——わあ、おいしい!カリフラワーの味がしっかり感じられます。
私は薬膳教室を開いているのですが、薬膳というと「苦いんじゃないか」「クセのある料理なんじゃないか」と敬遠されがちなんです。そうしたイメージを払拭するために、自宅に来ていただいた方には何かしらの薬膳料理をお出ししています。このスープは漢方食材の紅花を使っているんです。紅花は腰回りの血のめぐりを良くすると言われています。あとクミンシードや松の実も入れていて、これらもお腹を温める効能があるんですよ。
——薬膳というと中華料理をイメージするのですが、ポタージュスープも薬膳なんですね。
そうなんです。薬膳というのは、中医学をベースとした理論に沿って食材、調理方法を組み合わせた料理のこと。考え方が取り入れられていたら、和食はもちろん、アフリカ料理でもポルトガル料理でも、何でも薬膳になるんですよ。このレモネードも薬膳です。
——レモネードも!これははちみつと杏が入ってるんですか?
はい。杏も体を温めてくれる食材です。だから、体が冷えてしまう人にはおすすめ。今日は気温が低いので入れてみました。逆に、更年期などでホットフラッシュの症状がある方は、杏は避けたほうがいいことも。このように、体質によって合う食材と合わない食材があります。薬膳を取り入れて良かったことの一つが、自分の体と向き合えたこと。それまでは自分の体質がどうなのか、考えたことがあまりなかったんです。初めて自分の体について知ったことがたくさんありました。
——なるほど。それでは、田中さんのおうちの1週間のごはんを見ていきましょう。
昼食。市販のルウ、冷蔵庫にあったお肉とお野菜を鶏ガラスープで煮たカレー。キャベツと金柑のラペ。
これは、ひとりランチで食べたカレーです。カレーには、酒粕とトマトペーストを加えました。酒粕を加えると、煮る時間が短くても、長時間煮込んだようなコクが出るんです。
——このカレーは、夕飯でご家族も食べたんですか?カレーって、うちでは数人で食べても余るくらいたくさん作ることが多いんですけど…。
大きな鍋でたくさんカレーを煮込むこともありますが、この日は小鍋で一人分をちゃちゃっと作りました。私にとってカレーはそんなに気合を入れて作るものじゃなくて、時間がないけれどおいしいものが食べたい時に作る、どちらかというとクイックなメニューなんです。
——たしかに、スープの一種と考えたらそんなにがっつり作らなくてもいいものかもしれない。ランチでカレーというとレトルトで済ませることが多かったのですが、好きな具材で一人分作るのもいいですね。
そうなんです。カレーは体も心も元気になるので、忙しい時などはよく作って食べています。
元気がないときは、肉、米、豆、芋
昼食。豚汁、おにぎり、かぶと陳皮のお漬物。
この日のランチは、学校が午前中だけだった高校3年生の長女と食べました。娘たちは二人とも試験期間だったんです。ストレスがかかっているからか、あまり胃腸の調子がよくないみたいで。胃腸の機能を改善してくれるようなかぶと陳皮のお漬物、あとは白菜をたっぷり入れた豚汁を入れました。
——おにぎりは、ごはんに何か混ぜ込んであるんですか?
これはかつお節です。あとごま油も少し入っています。かつお節は元気が出る食べ物とされているんです。
夕食。肉、豆、根菜をたっぷり使ったミートボールスープ、スチームした根菜の田中家のバーニャカウダ
この日は、長女も次女もテスト勉強で睡眠時間が短く、疲れているみたいだったんですよね。中医学でいうところの「気」が不足して体が冷えている感じで。それで、ミートボールスープにしました。薬膳で「気」を増やすと考えられているのは、肉・米・豆・芋なんです。
——元気がないときは、肉・米・豆・芋を食べればよいと。
ミートボールのつなぎは、よくパン粉が使われますが、ここではごはんをつぶしたものを使っています。
——あ、「米」ですね。
そうです。小麦粉はそんなに体を温めないんですよ。暑いインドでカレーに合わせるのがナンやチャパティなど小麦粉で作られているパンなのは、理にかなっているなと思います。
あと生野菜も体に水が溜まって冷えてしまうので、この時期は野菜に火を入れてから出すようにしています。バーニャカウダソースに入っているアンチョビ、つまりイワシは体を温める食材なんですよ。
——「田中家のバーニャカウダ」ということは、定番メニューなんですか?
はい、バーニャカウダは家族みんな好きですね。
夕食。黄鯛の煮付け、鯛めし、鯛のあら汁。
豚汁、ミートボールとお肉の献立が続いたので、ここらでお魚にしようかなと思って魚屋さんに行ったんです。パワーチャージできる鯛か鮭、どちらかがあればいいなと思っていたら、黄鯛が丸魚で売っていました。
——これは立派ですね…!
そうなんです。三枚におろして、半身は煮付けに、骨からとった出汁とお頭、残った半身は鯛めしに、残ったあらはあら汁にしました。1匹でいろいろな料理が作れて、得した気分になりました(笑)。
——余すところなく使えるんですね。この献立も米・豆・芋が入っていますね。
そうですね。まだ娘たちは試験期間なので、全体的にパワーが出るような食材を使っています。煮付けに添えた里芋、にんじん、れんこん、しいたけは胃腸をパワーアップするんです。
夕食。チキンステーキ。鶏ガラスープで炊いたガーリック炊き込みごはん。ローストポテト。茹で野菜。
この日も気温が低く、家族みんなが寒がっていたので、体をしっかり温める食材の鶏肉をステーキにしました。鶏肉はすべての内臓に元気を与えるパーフェクトフードなんです。韓国料理で疲労回復のために食べられている蔘鶏湯(サンゲタン)も丸鶏を使いますよね。薬膳では元気が足りないときは鶏、お肌をよくしたいなら豚、お腹の調子をよくしたいなら牛肉、と考えられています。
——これは鶏もも肉を焼いてステーキにしているんですか?
そうです。あと、しめじとしそと長ねぎのソテーを添えています。しそと長ねぎは生薬と考えられていて、風邪を振り払うようなものとしてよく使われます。この日は鶏ガラも買ってきて、鶏ガラスープを作って、それににんにくを加えてごはんを炊き込みました。多めに炊いたのですが、みんなもりもり食べてすぐになくなりました。にんにくもパワー回復の食材です。
油ものにはキャベツ。好きなものを健康的に食べる
昼食。ミスタードーナツ。キャベツのグリル、アンチョビのドレッシング。カリフラワーと紅花のポタージュ。
金曜日で長女の試験が終わったので、リクエストのミスドを食べた日です。
——ごほうびランチですね。無性にミスドが食べたい時ってある…!長女さんの気持ちわかるなあ。
揚げものなので、消化をサポートするキャベツのグリルを添えました。油ものとキャベツを一緒に食べると、胃に残りにくいんですよね。とんかつやフライによく千切りキャベツが添えられているのは、キャベツにそうした効果があることを、生活の知恵としてみんな感じているからだと思います。
——こうやって食べるとミスドも体に良さそうなランチになりますね。あとは、今日いただいたカリフラワーと紅花のポタージュ。
これは、薬膳教室で教えるメニューの試作として作ったんです。冬は寒さで血のめぐりが停滞しやすいので、紅花を使った料理を作ろうと思って。紅花はカレーライスの時に入れてごはんを炊いたり、魚のクリーム煮に少し入れたりすると色がきれいでおすすめです。
——サフランのような使い方ができるんですね。
何十年の時を経て、祖母のわかめスープの意味がわかった
昼食。ねぎ、生姜、なつめを加えた鶏のお粥。キャベツと金柑のラペ。
翌日からさらに寒くなるという予報を見たので、体を温めるお粥を作りました。簡単な蔘鶏湯みたいなイメージです。蔘鶏湯は丸鶏のなかに漢方やにんにく、ナツメ、もち米などを詰めるんですけど、これは鶏ガラスープでお粥を炊いて具材に鶏肉やナツメなどを入れて作りました。
——鶏ガラスープで炊くお粥、おいしそう。でもお粥を炊くのって、すごく時間がかかるイメージがあります…。
鍋にお米と鶏ガラスープを入れて火にかけて、あとは放ったらかしなので、時間はかかるけれど手間はそんなにかかりませんよ。薬膳ではお粥がよく登場します。消化の過程では、胃で一回すべての食材がお粥状になる。だからお粥を食べればワンステップ省いて胃を休められる、という考え方なんです。
——なるほど。胃で消化されたような状態を料理でつくる、と。
チキンソテー、ドーナツと脂っこいものが続いてお腹に負担がかかっていたから、一休みするためにお粥をはさんだ感じです。あと、副菜のキャベツも先程説明したように胃にいい。金柑もお腹をあたためて、めぐりを良くする食材です。
——田中家で、ご家族みんなが好きなメニューは何ですか?
ポッサムです。ポッサムは、ゆで豚を葉野菜で包んで食べる韓国料理。皮付きの豚肉を買ってきてじっくり煮てつくります。私はルーツが韓国の済州島で、祖母が教えてくれたポッサムの秘伝のタレがあるんですよ。それをつけて食べるのが本当においしいんです。
豚を煮たスープは翌朝まで鍋に入れたままにして、上に固まった脂を取り除き、わかめを入れてスープにするんです。これはポッサムを作った翌日の定番です。
——お祖母様が韓国の済州島ご出身だったのですか。
そうなんです。薬膳を勉強すると、幼少の頃に祖母の家で「これを食べなさい」と食卓に出してくれていたものの意味がわかっていきました。
日本は中医学が漢方として受容されましたが、韓国では「韓方(ハンバン)」という名前で独自に発展しています。韓方は生活に根付いていて、食事やお茶などで取り入れられているんです。
祖母にはよく「はちみつとわかめを食べなさい」と言われていて、祖母の家ではわかめスープがよく出てきました。それが、汁がほとんどなくてほぼわかめ(笑)。子どもの私にとっては謎の料理でしたが、中医学を学んだら、わかめは体の中の悪いものを出す効果があると書いてありました。そういう意味で食べさせてくれていたんだと、何十年越しかにわかったんです。
——薬膳を勉強することで、生活が変わりましたか?
もともとこってりした食べ物が好きで、揚げ物をよく食べていたんですよ。今でも好きなのでわりと食べるのですが、お腹の調子を良くする食材を組み合わせて、なるべく体の中に脂を長く留めないで外に出すようにしています。そうした体に合わせた食べ方が上手になりました。
中医学には4000年という長い歴史があって、学んでも学んでも知らないことが出て来るんですよ。死ぬ間際まで勉強しても足りないと思います。一生学んでいくテーマがあるのは、すごくワクワクすることで、生きがいになっていると感じます。