チェンマイで、名物「カオソーイ」をはしごでいただく。ーーー「ラムドゥアン」「サムージャイ」
写真家の中川正子さんが、旅をしながら出会った食の風景を写真と文章で切り取る、「中川正子さんとめぐる、旅と食。」チェンマイの旅、最終話です。中川さんの友人がタイ料理のベストだという、カレーラーメン「カオソーイ」。友人おすすめのお店は、二店。なんと、その二店のカオソーイを、「はしご」でいただきます。
タイ料理と言えば、パッタイとかトムヤムクンとかカレーとか。まず挙がるのはそのあたりだろう。でもタイ好きな友だちは、ベストのひとつは「カオソーイ」だって言う。
「カオソーイ。何それ?」
「北タイのカレーラーメン。」
「おいしいの、それ?」
そういえば、東京で一度食べてみたことがある。麺がインスタントで、スープは重くて、あまりピンとこなかった。ふむ。それ以来、すっかり存在を忘れていた。
今回、チェンマイに行くにあたって彼に改めて聞いてみた。「カオソーイ、本場のを食べてみたいのだけど、どこがおすすめ?」「二軒あって、どちらも行ったほうがいい」と彼は言った。「一皿が小さいし、はしごできるから行って来なよ」と。
「はしご?」
「絶対いけるから。」
旅に関してはあれこれ言わずに、信頼できる先輩の言葉をまずは素直に聞くことにしてる。で、判断は自分であとからすればいい。
今朝も暑い。気温は34度もある。宿を出て30分で、日焼け止めはぜんぶ流れ落ちていくような気がするほど。おなかも減ったし、早めのお昼に行ってみよう。
まずは一軒目。歴史があって名店だから外せないと聞いた。「ラムドゥアン」。
他のメニューには目もくれず、カオソーイ。これこれ。メニューを指差して注文する。チキン?と聞かれて、イエスと答える。チェンマイももう3日目。そろそろタイ語で「はい」くらい言いたいものだけど、暑さで体力消耗していて頭が働かない。
お腹がぺこぺこだからラージサイズにしたいところだけど、ここはぐっとこらえて小さい方に。だって、二軒はしごしろと言われているのだ。
この店はカオソーイを1日に500杯は売り上げると聞いた。次々と運ばれていく麺を見ていると、その数はおおげさではなさそうだ。ゆったりと物憂げに首をまわす扇風機の動きとは対照的に、スタッフはテキパキ働いている。チェンマイのひとは仕事中であっても、ひまな時間は客よりもくつろいでだらだらしているなんてこともめずらしくない。けれど、忙しい時間はちゃんと働くのだ。メリハリですね。
店内には中国風の飾りも目立つ。カオソーイはもともとは雲南省の食べ物だったそうだ。北タイは中国に近いから、文化が流れてきてるのだろう。
慣れた雰囲気の地元のひとびとに加えて、いかにもバンコクから来たという感じの都会的なおしゃれボーイ&ガールもちらほら。とにかく活気がある。
キッチンを見学すると、ここもチェンマイらしく、アウトドア感のある作り。開放的でキャンプみたい。雨はがんがん降り込むだろうけど、どうするのかな。まぁ、どうにかするのだろう。
大鍋で煮込まれているのはスープ。大量の唐辛子も見える。おおらかで、回転がよいお店特有の、生き生きとした空気がある。
お店のひとに呼ばれた。あなたの麺、もう用意ができたよ、と(たぶん)言っている。急いでテーブルに戻ると、そこにはカオソーイが置かれていた。
カレースープに卵麺。骨つきの肉がごろっと入っている。付け合わせに赤玉ねぎと高菜の漬物のようなもの、あとライム。ぎゅっと絞っていただきます。
スープはココナッツミルクの風味が強く、どろっと濃厚な味。麺との相性が抜群。コクはあるけれどしつこくないから、ぐいぐい飲んでしまう。
ライムの爽やかさ、赤玉ねぎのおだやかな辛味、高菜の塩味。付け合わせ三姉妹の仕事がすばらしい。上にのっているのは揚げた麺。パリッとした食感がアクセントになっていて、いい。
ぺろりと食べて、スープも全部飲んじゃった。Sサイズなんて一気に完食なのだった。正直、まだまだ食べられる。おかわりしたいくらい。そうか、こういうことか、はしごって。ランチのはしごなんてしたことないけど、おかわりだと思えば腑に落ちる。
ってことで、歩いて次の店に行く。
そう、徒歩の距離にもう一軒カオソーイ屋さんが並んでいるのだった。「サムージャイ」。
店頭には揚げ麺がどさっとおいてある。これはトッピング用だな。食べてきたばかりだからすぐわかっちゃうのだ。
ラムドゥアンよりも開放的なお店で、ちょっとしたフードコートみたいな雰囲気。カオソーイカオソーイっと。Sサイズを注文。
キッチンは道に面していて、半分というかもう、ほぼ外だ。屋台みたい。チェンマイのお店のこのスタイルにもすっかり慣れてきた。自由で開けていて、すごく好み。調理している姿が丸見えなところもいい。
歩いて喉が渇いたから、チャーマナオを注文する。「アイスレモンティー」と表記されることが多いけど、正しくはライム。だから、「アイスライムティー」。これがもう、ものすごく甘くてすっぱくて、そして苦い。わたしは日本では無糖の飲み物を飲むことが多いけれど、タイだとこれがクセになる。暑いこの国にぴったりの飲み物。まわりを見渡すと、老いも若きもこれを飲んでいる。
カオソーイが勢いよく運ばれてきた。麺が入ったどんぶりに箸が渡してあって、薬味の皿が乗っているという、独特のセッティングがかわいい。薬味の内容は前の店と同じ。この三姉妹が、まったりと濃いスープをマジカルにおいしくするのだ。
こちらの方がスープはスパイシー。チャーマナオがとっても合う。
ライムを多めに搾る。となりのひとの搾り方を真似して、箸をライムの中心に当て、そこを軸にぎゅっと。こうやると果汁がはねないし、最後の一滴まで搾れるような気がする。それに、ちょっと地元のひとっぽい。違うかもしれないけど、そういう気分が旅を楽しくする。
ココナッツミルクが香るカレースープに薬味をばんばんいれて、麺と絡ませ食べていく。二軒目だっていうのに余裕で食べられる。ライムの酸味でいくらでもいける気がする。
薄いペラペラのカトラリーと、おもちゃみたいなプラスチックのお皿が、気楽な雰囲気でとてもいい。
額をさわると汗がすごい。暑さのせいもあるし、スパイスのせいもある。扇風機からゆったり吹く風は、気休め程度。でも、爽快なきもち。
たらたらと汗をかきながら、スープを飲み干す。チャーマナオも全部。はしご、余裕だったな。きっとわたしは幸福感で顔がテカテカしていただろう。
この一皿を日本で食べたらどうなんだろう。いつか東京で食べてピンとこなかったカオソーイをふと、思い出す。たしかあれは、空調が効いたおしゃれな店で、ずっしりとしたどんぶりに入って出てきた。ライムじゃなくてたしか、レモンだった。似ているけれど、まるで違う食べ物だった。
すっばくて辛くて甘い。その組み合わせが、この土地ではからだに染み入る。その土地の太陽と風に合う食べ物ってある。たとえば、日本にいるときはだいすきな蕎麦。チェンマイにいるときにはまるで恋しくならないのだ。コクのあるココナッツミルクとスパイスで仕上げられたカオソーイは、チェンマイの眩しさにぴったりだった。
郷に入れば郷に従え、だ。
うん、大いに従いたい。
店舗情報
カオソーイ・ラムドゥアン・ファーハーム
352/ 22 Charoen Rat Rd, Chiang Mai
カオソーイ・サムジャーイ
391 Mu.2, Charoen Rat Rd., Chiang Mai