京都の朝は、イノダコーヒ本店で。

中川正子さんとめぐる、旅と食。

LIFE STYLE
2022.11.01

「テイクアウトのある風景」がリニューアル。新連載、「中川正子さんとめぐる、旅と食。」が始まります。写真家の中川正子さんが、旅をしながら出会った食の風景を写真と文章で切り取ります。今回は、京都の朝の代名詞、「イノダコーヒ本店」です。


京都の朝はイノダコーヒ本店。いつからかそう決めてる。

img_takeout_018-01

暖簾をくぐると、洋館のような高い天井とシックで重厚な店内。パリッとした白いジャケットに蝶ネクタイで正装した給仕担当が席に案内してくれる。ボーイさん、という古い言葉を使いたくなる。ギャルソン、ではない。日本語のトーンでボーイさん、というのがぴったりくる。

img_takeout_018-02

今日はテラス席にした。小さな噴水のある庭に面したここは実は喫煙席で、煙草を吸わないわたしにとっては賭けでもある。ヘビースモーカーの方がとなりに来ないことを祈りつつ、秋の朝日が魅力的で、それにあらがえず席に座る。水色のギンガムチェックのクロスがいい。

img_takeout_018-03

今はまだ青々としている紅葉は季節がめぐれば赤く色づくだろう。優雅に曲線を描く柵の向こうの噴水の上には亀の置物がある。いわゆる和洋折衷と呼んでよいのかな。独自のエレガンスがある。

img_takeout_018-04

卵サンドかイタリアンか。毎度このふたつでしばし悩む。メニュー選びで悩むことが少ないわたしにはめずらしいこと。そのくらい、甲乙つけがたい。今朝は友達と一緒。決められないわたしを見かねて両方頼もうと提案してくれる。ありがたい。マッシュルームスープもつけちゃおうっと。

img_takeout_018-05

この店のすきなところのひとつは、地元の方と思われるみなさんの朝に仲間入りできること。ここでの朝食が日課のように見えるマダム。品のいいご家族。遊びも仕事もバリバリやってきた、という風情で語り合う遊び人風おじさまたち。京都弁があちこちにあふれている。そこにわたしたちのような標準語の観光客も入り混じる。

img_takeout_018-06

クラフトのパルメザンチーズが運ばれてきた。もちろん、タバスコも一緒に。わたしが子供の頃もこのセットだった。まだパルミジャーノなんて知らなかった頃。イタリアンというのはナポリタンのこと。そのおおらかなネーミングがすばらしい。

img_takeout_018-07

海外で、独自に育った日本食の進化版がもし、そこでジャパニーズと呼ばれていたらわたしは微笑むだろう。麺はアルデンテを超えしっかりと茹でられ、昔ながらの赤いソースの味が絡む。ほんのりと感じる甘さが、なつかしい。タバスコを多めに振る。

img_takeout_018-08

卵サンドも目の前に置かれる。一見、ごく普通の卵サンドではある。わたしも自宅で作るような。でも、目を凝らしてみると、その茹で卵の細かい刻みに、ごめんなさいと思う。わたしはこんなに繊細に刻んだことなど、一度もない。パンにはうっすらとからしが塗ってある。それも、ほんの少し。からしの味がするかしないか、のひそやかさで。わたしならマスタードをもっと、主張させて塗ってしまうだろう。半分きゅうり入りで、残りの半分は卵だけ。これにもきっと意味があるのだと想像する。銀色のお皿に乗る、どこもこれみよがしでない、イノダコーヒ的サンドイッチ。

img_takeout_018-09

INODA COFFEEのロゴを眺めながらウインナーコーヒーを飲む。ふだんそういうものはあまり頼まないのだけれど、ここではいつもこれ。きっとこれがものすごくハイカラだった時代のことを遠く、想像しながら。わたしが生まれる前、まだ、コーヒーじゃなくて、コーヒ、だった頃。ここを訪れていたという文豪たちも、同じようにこの景色を見ていたのかな。

img_takeout_018-10

風が吹いて光が差した。名前の知らない鳥が飛んできて、ちょっと、鳴いた。噴水の音が静かに空間を満たしている。

京都の朝として、なにもかも、完璧だった。

img_takeout_018-11

店舗情報

イノダコーヒ本店
京都市中京区堺町通り三条下る道祐町140番地
075-221-0507
営業時間 7:00~18:00(LO:17:30)
年中無休

この記事をシェアする