京都で静かにゆっくり、コーヒーブレイクを。ーー珈琲 二条小屋
写真家の中川正子さんが写真と文章で綴る、「テイクアウトのある風景」。今回は、京都の二条城の近くにひっそりと佇む「珈琲 二条小屋」を訪ねます。京都へ行くとつい、あれこれ予定を詰め込んでしまうという中川さんが、静かに一息つける場所。店主の西来さんは「コーヒーブレイクの大事さをよく知っているんです」と言います。
目の前に静かに置かれたドリッパーに、荒く挽かれた豆が見たことないくらいたっぷりと入っている。注がれるお湯で、それはぷっくりと魅力的に膨らんでいく。うれしい気持ちでじっと見ていると、よい香りがふわっと漂う。そうしてできあがったコーヒーが提供される。熱い液体を口にふくむと、ふう、と思う。今日もずいぶん忙しかったけど、ちょっと、一息つこう。今は。
京都を訪ねると、ついつい予定を詰め込んでしまう。行きたい場所と会いたいひとが多すぎる。自転車を借りて移動するのが好きだから、地図をにらんでよいルートを決めてひたすら走る。
そんなタイトな京都滞在の中、できればいつも立ち寄りたいと思うのが「珈琲 二条小屋」。その名の通り、二条城のすぐ近くにひっそりとある、小さな小屋。コインパーキングと住宅に囲まれて、知らなかったら、見逃してしまいそうな。でも、周囲の新しい建物の中で異彩を放っている。
ドアにはいくつかの注意事項が書いてある。「手指消毒。大声での会話禁止。長居は無用。店内は6名まで。」
そっと開けると大きなスピーカーから低い音でジャズが流れていて、照明を落とした空間に店主の西来さんが穏やかに迎え入れてくれる。カウンターだけの小さな店。小屋、という名前がぴったりの。
大声での会話禁止、なんて書いてあったけど、ここでそんなことをする人、そもそもいないんじゃないだろうか。わたしも明るいおしゃべりは好きな方だけど、このお店ではぜんぜんする気がしない。この空間に漂うある種、よい意味で緊張感のある空気を変に揺らしたくなくて。
ゆっくりただ、コーヒーを飲みたい。そしてそっと、深呼吸をする。ずっと慌ただしかった日々で、動き続けていた脳が回転数を落とすのがわかる。音楽が全身を波のように包んで、ゆったり任せたくなる。まわりのお客さんもそれぞれ、静かに時間を過ごしている。小さな話し声とお湯の沸く音。
西来さんのキビキビとした所作がそんな清い空気を作っている。細長いキッチンを歩数すらも決めているかのように無駄なく動く姿は武道家のよう。うつくしい形の演舞を眺めるような心持ちで一杯を待つ。ほぼ無言で目の前で淹れてくれるその贅沢な時間を満喫する。わたしのためだけの美しい液体がぽとぽと、落ちていく。
「コーヒーブレイクの大事さをよく知ってるんです。」
これまでは最低限の会話しか交わしていなかった西来さんに話を聞かせてほしいと頼むと、彼はまず、そう言った。どこか求道者みたいなストイックさが滲む彼から聞く言葉としては少し意外だった。かつて設計事務所に併設されたカフェで働き、お客さんをひとりひとり観察していたそう。どんなことを求めているか。どんなタイミングでコーヒーを、飲むのか。
ある時この物件に出会ってコーヒースタンドをやろうと決めたそう。外観のイメージはすぐに浮かんだ。すべてDIYで進めた。畳を剥がし、窓を開けた。からっぽになった空間で床に寝転んで、どんな店にしたいか考えた。たくさんの店がある京都の中で、ここでできることってなんだろう、と。そこからひとつずつ「この店に合うモノ」を集め作っていった。
意外と広いキッチンを設計したのは、体のために敢えて動きを増やすためだそう。耳じゃなくて体で浴びるのが気持ちがいい、と大きなスピーカーを奥に。20〜30分に一度、レコードをひっくり返しにカウンターの外へ。オーダーが落ち着いているときも常に何か手を動かしている。
そんな彼の姿を目の端でそっと眺めながらコーヒーを飲む。しっかりと味わいがあるのに、すごくすっきりしている。豆を通常の2倍使っていると聞いて驚く。荒く挽いて抽出時間は少なく。そうすることで濃くインパクトのある味を表現しつつ、後味はすっきりするそうだ。
「まずはコーヒーを飲んだという実感を持ってもらって、でも、帰る頃にはコーヒーを飲んだことなど忘れて欲しいんです。」
そんなふうに西来さんは言って笑う。ただ、いい時間を過ごしてほしいと思うんです。コーヒーブレイクって大事ですよね、と。
わたしがいつもこの店にたどり着いてしまう理由がわかった気がした。ひとつひとつ丁寧に選ばれたこの店を構成する要素が、「一旦休憩」の時間をそっと後押ししてくれてた。完璧なコーヒーブレイク。
ふだんは寡黙な西来さんにたくさん根掘り葉掘り聞いてしまった。長居は無用のお店なのにごめんなさい。もう一杯淹れてもらって京都の街で飲もうと思う。テイクアウト用だって同じように彼は淹れてくれる。わたしのためだけに、という特別さで。
その一杯には西来さんの彼女が消しゴムハンコで作ってくれたという二条小屋のかわいいスタンプが押されていた。ちょっとかわいいですよね、と言う西来さんもまた、かわいかった。武道の有段者が笑ったときに似た、ギャップで。
店舗情報
珈琲 二条小屋
京都府中京区最上町382-3
090-6063-6219
火曜 定休
水曜〜土曜 11:00-20:00
日曜・月曜 11:00-18:00
不定休