「おいしいサラダやおかずを食べたい」を満たしてくれる、「PUBLIC」のパン
写真家の中川正子さんが写真と文章で綴る、「テイクアウトのある風景」。
第五回は、フレンチ出身のシェフが作るパン屋さん、「PUBLIC」です。「パンよりは断然ごはん派」の中川さんを虜にするパンとは、いったいどんなパンなのでしょう。
パンよりは断然ごはん派である。そんなわたしが近頃毎週末、自転車飛ばしてテイクアウトしにいっちゃうパン屋がオープンしました。名はPUBLIC。
ここのニソワーズというサンドイッチがとにかく好きで買いに走る。ニース風の、という意味のフランス語はサラダではよく聞く。PUBLICのサンドは、レタス、トマト、ブラックオリーブ、卵、あとは自家製ツナとアンチョビ。バジルペーストが効いてる。パンは程よく固いフランスパン。塩加減は絶妙でこれひとつで女性ならお昼には十分というほどの満足感。わたしはついつい欲張ってあともう一品、トレーに載せてしまうのだけれど。
シェフのきんやくんこと金谷知明さんはもともとフレンチのシェフ。岡山、京都で14年腕をふるったあと、次の道を模索して、フレンチ時代から好きだったパンを作ることにしたそう。始まりはルスティックというパン。素朴な、という意味を持つこのパンは、水分が多いため成形はせず、切ってそのまま焼くスタイルのもの。外側はパリパリで中はもちもちのこれを初めて食べた衝撃から独自に研究を重ね、レストランでも出していたそう。
料理が生かせるパンを作りたい。そこがきんやくんの原点。すでに自分のものとしていたルスティックをスタートに、水分量の微妙な調整など生地の試作を何度も重ね、クロワッサン、フランスパン、フォカッチャ、2種類の食パンの生地などが完成。多くを語らない彼だけれど、妥協なくひとりで戦った時間が窺える横顔が見えました。
そしてわたしのだいすきなニソワーズ。もともとサラダ・ニソワーズとしてレストランで出していたものをサンドとして出したいと、最初に取り掛かったものだそう。自家製ツナはマグロに塩をして1日置いた後、タイムを加えてオリーブオイルで低温でじっくり火をいれたもの。卵は彼がこだわる黄身の濃い銘柄をたっぷりと使い、自家製のマヨネーズ(もちろんそこにもその卵が)で和えられている。そっと添えられたレタスとトマトはしゃきっと脇を固めてる。
そう、PUBLICのニソワーズを食べたいわたしの心持ちは、おいしいサラダやおかずを食べたい、がどちらかというと先にあるのでした。パンはそれを支える名脇役のような立ち位置。パン道を極める粉ラヴァーのみなさんとは楽しみ方が違うかもしれないけれど。具の華やかなマリアージュを愛でている間に彼のパンは、低いベース音みたいに前に出過ぎずしっかりと、底の力として存在しているように思える。
フレンチの経験が長かったきんやくんはフレンチの枠から自由になったと話す今を、とても楽しんでいるように見える。きのこのタプナードやじゃがいものエスカルゴバターなんかはフレンチの流れだけれど、ローストビーフたっぷりのサンドや揚げていない夏野菜のキーマカレー、ハッシュドビーフグラタン、最近はタンドリーチキンのパンも登場した。フランスからどんどん広がる世界の味。どれも惜しみなく乗っている具が特徴で、肉好き男子にも、おいしいものには一家言持つガールズにも、あと、身内の女性スタッフにも好評だそう。(余談だけどスタッフはなぜかショートカット揃いの、いかにも舌の肥えていそうなキビキビ働くハンサムガールズでわたしはそれも好き。)
どんなジャンルであれ、境界を超えたいひとはどんどん超えたらいいと、わたしは個人的に思っています。伝統の枠の中で極めたい人はもちろんそれを心ゆくまで追求すればよいし、はみだしたい衝動があるならそれはもう、どこまでもはみ出しちゃえばいい、と。
この状況でちょっと予定が変わってしまったけれど、PUBLICは今後、お酒も提供してテラス席でゆったり楽しめるような提案もしていくそう。ワインにも合うに決まっているきんやくんのパンと料理。アテも作るかもしれません、と話す彼に、心の赴くままにどんどんやってほしいと思うわたしでした。パンも料理も全部、彼の表現をこれからも、手加減なく展開する姿が見たいな、と。
店舗情報
PUBLIC
岡山県岡山市北区錦町8-19 1F
086-233-3388
営業時間 AM9:00〜完売まで
定休日 火曜、水曜