読書の秋に語り合う、料理本から広がる食の楽しみ【後編】
「料理本」をテーマに開いた座談会。後編は「最近心に残った本」を、登壇していただいたみなさんに教えてもらいました。最近特に人気の高まるスパイスカレーのレシピ本、日々のごはん作りを少しラクにしてくれる本、思わず作りたくなる料理本……食に対して情熱の深いみなさんのトークをぜひ、読んでみてください。
お話を伺ったみなさん
最近気になった本を持ってきました
この『私でもスパイスカレー作れました!』(印度カリー子/こいしゆうか, サンクチュアリ出版, 2019)なんですけど、「ゆるさ」がすごくよかった。漫画だから読みやすいし、作ってみたらちゃんとおいしい。スパイスカレーというと、「極める」系や本格派に行きがちなところを、身近なところに引き寄せて、本を見なくても作れる感じにもっていく。読み物として楽しいところがいいな、と。
ただレシピを並べるのではなく、なるたけ多くの人に楽しく読み進めてもらおう、というつくりがいいですよね。そして「フライパンひとつで作る」「使うスパイスは3つだけ」「作る時間は最短20分」と帯にハッキリ明示されていて、ハードルの低い感じが分かりやすい。
「必要なスパイスは3つ」ってすごく嬉しい。買ってはみたものの「次に一体いつ使うの!?」ってなっちゃうこと多いし。
分かる。うちにあるの忘れてまた買っちゃったりもするよねえ。
あはは。この本って、ゆるっとはしているけれど「スパイスカレー、すごくいいよ!」って著者の思いがしっかり伝わってくるんです。「スパイスカレーを家庭料理の一つに加えてほしい」という思いが伝わってくる。
印度カリー子さんは、料理本の新たな読者層を開拓しましたよね。
僕は料理本を選ぶ時って、「心が軽くなる」っていうのをポイントにしてるんです。実際に作らなくても、読んでいるだけで心がちょっと晴れるような本。そういう本って、とてもニーズがある。印度カリー子さんの本もそうだし、イナダシュンスケ(稲田俊輔)さんの『南インド料理店総料理長が教えるだいたい15分! 本格インドカレー』(柴田書店, 2020)もそうじゃないかと。
インドカレーを作るなんて難しそうだけど、読んでるだけでも「私にも、できるかも……?」と思わせてくれる。それって、心が軽くなったということですよね。
あと「新しい思考をくれる」というのも選ぶポイントで。例えば『ご飯の炊き方を変えると人生が変わる』(真崎庸 著, 晶文社, 2018)。僕は本当にめんどうくさがりやで、帰宅してからごはんを炊くのが大変と感じていたんですが、この本のやり方だと11分で済むんです。
お米を研いでからですか?
いえ、あらかじめ米を水に浸しておいたものを炊くんです。でも自分なりにアレンジしたやり方で、今ではお米を研いでから炊き上げまで15分で作れるようになりました。
知りたいな、そのやり方。
炊飯だけで一冊なんですか?
ほぼそうなんです。
買って読んでみるわ!
生活が変わりました。15分なら我慢できるな、って。近所にすごくおいしいお米を買えるところがあって、その米を真崎さんのやり方で炊くとすごくおいしい。
新しい思考をくれる、というと僕は『70歳からのらくらく家ごはん 冷凍食品・市販品・レトルト・缶詰をフル活用』(中村育子 著, 女子栄養大学出版部, 2020)ですね。まさに私の親世代が70代なんですが、その年代が食においてどういうことが難しくなってくるのか、どんなことに悩むのかが分かりやすく示されています。著者は、訪問栄養指導されてる管理栄養士さん。
白央さん、親と同居されてるんだっけ?
別なんですけど、栄養関係の友人が「良著だよ」とすすめてくれて。例えば高齢の方の「以前のようにきれいな千切りができなくなって、つらい」という悩みが紹介されています。手が震えがちになって包丁が安定して持てないとか。料理好きが将来抱えるかもしれない悩みを先に知ることができるのもいいなと思いました。高齢の方を思いやる上でも、知っておきたいことがいろいろ書かれています。
私は『カボチャを塩で煮る』(牧野伊三夫 著, 幻冬舎文庫, 2016)かな。甘辛く煮ることしか知らなかったけど、カボチャを「塩と水で煮る」っていうのに驚いて。やってみたら、おいしい。以来もう塩でしか煮てない(笑)。それで一冊書いてあるわけじゃなくて、エッセイ集なんですけれども。
ちょっとここで、編集長からも1冊紹介してもらいましょう。
思い入れのある料理本はいろいろありますが、有賀薫さんの『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社, 2018)は、コンセプトとターゲットの明確さがとても印象的でした。どんなヒントをもらえる本なのか、すぐに伝わってきて。
編集長もやっぱり、帰りが遅くてなかなか料理ができなかったんですか。
そうです。共働きで平日全然料理ができず、自分自身もちゃんとしたものを食べられていないストレスがありました。だからこの本の、プロセスがすべて3工程で、材料が余りにくいように工夫されているのもありがたくて。
有賀さんだと『スープ・レッスン』(プレジデント社, 2018)も心を軽くしてくれる本でしたね。ピーマンはヘタもタネも取らなくていい、出汁もとらないで、ちょっと焦がしてスープにするというレシピ。それとさっきの11分ごはんで、食事の支度がすごくラクになって、心が軽くなりました。
佐々木さんが今日持ってきてくださった本についても、教えてください。
『シグネチャー・ディッシュ 食を変えた240皿』(スーザン・ジャングほか 著, KADOKAWA, 2020)は歴史的に重要な料理を紹介している本で、240レシピ載っています。見ているだけで楽しく、心が軽くなる本。麻婆豆腐が誕生したいわれが書かれていたり、「すきやばし次郎」のお寿司とか「ノーマ」の料理とかが出てきたり。
それぞれの料理がイラストで描かれているのもいいですね。時代ごとの盛りつけの感じが分かるのも楽しい。表紙だけ見るとハードル高そうだけど、むちゃくちゃ楽しい。
そう、見てるだけで楽しいんです。それとは別に、読んでいて楽しかったのが『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(P・アルトゥージ 著, 平凡社, 2020)で、1800年代のレシピ本なんですよ。アルトゥージさんは去年生誕200年で、本が書かれた当時はまだ現在のイタリアという国がない時代。各地域をまわってどんな料理があるかを調べて、レシピとして記録し、まとめたものがこの本です。
こちらは文字だけの本。メニューやレシピを文字として読んで、どんな仕上がりになるんだろうと想像するのもまた違う楽しさですね。
「思わず作りたくなった!」という料理本はありますか?
ここ1年ぐらいで最も「作ってみたい、食べてみたい!」と強く思わされたのが、スケラッコさんの『しょうゆさしの食いしん本スペシャル』(リイド社, 2020)ですね。コミックエッセイなんですけど、絵の力はもちろん、ご本人が「おいしい~」と虚心に喜んでいるのが伝わってきて。
うちの書店にもスケラッコさんの本が置いてあります。彼女のzineなどは、わざわざ「これを買いに来ました!」と遠くから来てくださる方も多いですよ。
作りたくなるというか、作ってもらった気になるというか、『佐野洋子の「なに食ってんだ」』(佐野洋子 著/オフィス・ジロチョー 編, NHK出版, 2018)って本がとてもおもしろかったです。
絵本『100万回生きたねこ』の作者ですね、佐野洋子さん。
佐野さんのすべての著書の中から、食に関するエピソードをより抜きしたアンソロジー。佐野さんの食べたものの記録や、作ったものの思い出あり、レシピもあり、料理写真も撮りおろしされていて。気になる料理があったら、出典元が書かれているので、その作品にも飛びやすい。単なるレシピ本だけじゃない、ミックス感がよかった。何度も佐野さんが作ったというマッシュポテトのグラタンとか、エピソードも面白いんです。
食の感度の強い人の文章に触れると、食欲が刺激されたり、料理したくなったりすること、よくありますよね。井上荒野さんの小説は、読んでると料理したくなる。どこかに食べに行きたくなる。食に関することがどこかしらに深く織り込まれているから。
あと『太原千鶴のささっとレシピ 素材のつくりおきで、絶品おかず』(高橋書店, 2021)は内容と同時に、何より文字の大きさがすごくよかった。見てください、この大きさ。手に取った時に笑っちゃって、買いました。パタンと開きやすい綴じになっていて、見やすさが考えられている。キッチンに置いて作りやすいって、ありがたい。
(大きな声で)大事! 大事!!拍手したい。
実際拍手してるじゃないですか(笑)。ムカイさんは作りたくなる料理本、どうでしょうか。
この1年ぐらいで読んだものの中だと、『味つけご飯とおみおつけ』(重信初江 著, 東京書籍, 2020)かなあ。この2品だけあれば他は要らない、という。
ベーシックなものもありつつ、意外な食材の組み合わせがいろいろあって、眺めているだけでもおもしろい本でしたね。
そうそう、「セロリと油揚げのお味噌汁」なんて、うちで大定番になりましたよ。もともとセロリは好物だけど、お味噌汁に入れるって発想はなかった。自分じゃ思いつかないことに出会えるのも、料理本を読む楽しさですよね。
本当にそうですね。今日はみなさん、ありがとうございました!