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毎日「すき家」でメニューのチョイスを工夫する。それもまた自分をケアする食事

山口祐加さん・星野概念さん 対談【後編】

PEOPLE
2023.11.16

アイスムで「五感をひらくレシピ」「自炊ラボ」を連載中の山口祐加さんが、2023年8月に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)を発刊。それを記念して、本書に「対話に参加」として協力された精神科医・星野概念さんとのトークイベントを開催しました。
このトークイベントにはアイスム読者を4名ご招待し、自炊に関する質問を持ち寄っていただきました。後編は「自分の『これが食べたい』という欲求は、本当に心から発している声なのか」という掘り下げ甲斐のありそうな質問からスタート。最後には、皆さんの「いま食べたいもの」を伺います。

山口祐加(やまぐちゆか)さん

自炊料理家。1992年、東京生まれ。7歳から料理に親しみ、料理の楽しさを広げるために料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や小学生向けの「オンライン子ども自炊レッスン」を実施。レシピ製作、書籍執筆、音声メディアVoicyにて「山口祐加の旅と暮らしとごはん」を放送するなど幅広く活動を行う。著書に『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)、『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)など。

星野概念(ほしのがいねん)さん

1978年生まれ。精神科医としての仕事の傍ら、執筆や音楽活動を行う。著書に『こころをそのまま感じられたら』(講談社)、『ないようである、かもしれない』(ミシマ社)。共著に『ラブという薬』『自由というサプリ』(ともにいとうせいこう氏との共著/リトル・モア)がある。

情報も含めて自然な状態。だったら安心・納得できる食べ物を選ぼう

山口

では、ひなささんからの質問を読み上げます。「食事や料理という概念には、社会的な正しさ、暗黙の共通規範が存在しているように思います。栄養バランス、カロリー、彩りの良さなど、健康に関連するものから視覚的な要素まで。料理に対しても、それらを満たす料理と、満たさない料理では、えらい、えらくないというような評価を無意識に下してしまいがち。私たちはそういった呪いから、どのようにして自由になっていけるのでしょうか」。

ああ、これについて3時間くらい議論したいですね(笑)。

ひなささん

私は自分のために料理を作る方です。自分の欲求に従って料理を作ると、自分をケアできている感じがするし、自尊心も育つ気がします。

でも最近、「自分が食べたいと思っているものは、本当に自分の心から生まれたものなのか」という疑問がわいてきたんです。例えば、「唐揚げが食べたい」と思って、唐揚げを作って食べたとします。でも、食べたいものを作って食べているはずなのに、唐揚げとごはんだけだとちょっと罪悪感がある。そこに、野菜の小鉢が2、3個あったら、ちょっといいことをしたような気持ちになります。これってなんなのかな、と。別に、野菜をとらずにいたら具合が悪くなったという経験もないのですが、「栄養バランスをとったほうがいい」と思い込んでいる。自分が普段「食べたいもの」だと思っていたのは、実は外部の情報に影響されて出てきた「食べたいもの」なのかな、と。そんなことを考え始めたら、底が深すぎて絶望的な気分になりました(笑)。

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山口

この話、とってもおもしろいです。『自分のために料理を作る』にも書いたんですけど、多くの人のいろいろな食材をとったほうがいいイメージって、厚生労働省が出した「1日30品目」という食生活指針から来ているんですよね。私の母もよく「1日30品目とらないと」と言っていました。でも、2000年に出た食生活指針では、「1日30品目」という言葉は消えて「バランスの良い食事」という表現になっているんです。だから、そんなに食材数にこだわらなくていいはずなんですけど、どうしても肉と白米だけじゃなく、野菜や豆などいろいろな食材をとったほうがいいと思ってしまいますよね。

星野

主体的な意思なのか、情報操作されて出てきた気持ちなのか、って区別が難しいですよね。

僕は今年、足の病気になって10日くらい自宅療養していたんです。その時に、今まで興味がなかった映画のシリーズを急に観たくなって、パート1とパート2を観たんです。これがね、すごくおもしろかった。で、僕はこれは、自発的に出てきた「観たい」という気持ちだったと思っていたんです。ところがその直後に、シリーズのパート3が近日公開されると知ったんですよ。

山口

ということは、知らないうちに広告などを目にしていたんでしょうね。

星野

そうなんです。だから、情報操作されていたんだ…と思って怖くなりました。いや、おもしろかったからいいんですけど。

でもね、その流れで「自然」というものについて考えた時に、自然って、海、山、川などが思い浮かぶけれど、人も自然物なんだから、その人間が暮らしている都市も自然だよな、と思ったんですね。そうしたら、情報が入ってくることも自然現象じゃないか、と思うようになったんです。だから、体の声というのも、外部の情報ありきで出てくるんじゃないかなって。

ひなささんが、唐揚げに小鉢がついているほうが「安心だ」とか「いい気分だ」と思うのであれば、それを選べばいいんじゃないかなと思います。

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山口

情報でいうと、世の中に出ている料理の情報って偏っているんですよ。たぶん、唐揚げとごはんだけをもりもり食べている人もいます。でも、あまり出てこない。私もその日食べたものをSNSに時々投稿しますが、やっぱりバランスがいい食事の時に投稿するんですよね。投稿しない日は、冷蔵庫の残り物1品と冷凍ごはんとか、丼だけとか、サラダだけだったりすることもあります。

星野

そういう日もあるということを、山口さんが投稿してくれるとみんな安心するんじゃないでしょうか。

山口

そうなんですよね、ただ私は料理家という仕事をしているからこそ、あんまり適当なものはあげられないと思ってしまうんです。わざわざ部屋着やパジャマで人前に出ていくことはないかな、と。パジャマ姿は自分だけが知っていればいいじゃないですか(笑)。

星野

たしかに、パジャマで出るにしても、ちょっと良いパジャマで出ていこうとするかも。良いパジャマって実はすごく高いですよね。僕は音楽活動をしていて、一度高級なパジャマをライブ衣装として着たことがあって…まあ、この話はいいか(笑)。次にいきましょう。

「女の子は料理できたほうがいい」という外野の声は無視していい

山口

では最後の質問です。あやこさんから「一人暮らしで作る・片付けが面倒で、まったく料理しません。買ったほうが安く済む、日々の仕事で疲れてしまう、キッチンが狭い、なども料理をしない理由です。本当は作りたい気持ちもありますが、野菜をすぐダメにしてしまうなど、何をしたらいいかわからない状況です。何かアドバイスいただけたら幸いです」とのこと。

あやこさん

今日参加されている他の方々と違って、私は本当に料理をしません。料理が嫌いなわけではないんですけど、とにかくキッチンが狭くて作る気が起きない。あと、徒歩5分のところに「すき家」があって、24時間営業だからどんな時間でもそこで買えちゃうんです。その方が結局安く済むというのもあって…。今の生活で体に不調があるわけではないのですが、料理をしないままでいいのかなという思いがあります。

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山口

すき家を毎日食べている自分のことは好きですか? …あっ!(笑)

星野

それは「好きや」みたいな答えを期待してるんですか(笑)。

あやこさん

えっと、そんな自分が好きかどうかはわからないんですけど(笑)、おいしいので満足度は高いです。

星野

すき家ってヘルシーなメニューもありますよね。牛丼のごはんを豆腐に替えるとか。

あやこさん

あります。野菜に牛丼の具をのせた「お食事サラダ」というのもありますし、サラダセットにすることもできます。サラダもいくつか種類があって、小さめの牛丼にしてお味噌汁と野菜系のサイドメニューをつけるなど、一応バリエーションを考えて選んでいるんですけど…。

山口

その工夫がすばらしい!私は、自炊ってしてもしなくてもいいと思ってるんです。ただ、「私はこれを食べる」と決めて食べてほしい。「今日もすき家か…」と他に選択肢がないから選ぶのではなく、「今日もすき家だ!何食べようかな」と楽しみに思えるなら、毎日すき家でまったく問題ないと思います。近所であたたかいごはんが買えて、家でパッと食べて、浮いた時間で好きなことができるって最高じゃないですか。

星野

あやこさんは作ってはいないけれど、自分のために料理を頼む、ということができていますよね。毎日、どんなメニューを食べているのか、教えてほしいくらいです。

山口

「私の1週間のすき家メニュー」みたいな記事があったら、読みたいですよね。

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星野

僕も昔、パックごはんをまとめ買いして、かけるものを毎日変えて楽しんでいたことがあるんですよ。

山口

納豆とか卵とか?

星野

そう、あと山芋とか…ってネバネバした食材ばかりだな(笑)。でも、そういう限られた条件でも工夫ってできるんですよね。人がこういう工夫しているのをもっと見たい。

山口

人が食べ物を楽しむために工夫しているのを見ると、うれしくなります。私があやこさんが通うすき家の店員さんだったら、あやこさんが来るのを楽しみにしていると思います。「今日はこの人何を頼むんだろう?」って。

それでもやっぱり自炊したいというのであれば…家のキッチンにコンロはありますか?

あやこさん

一口あります。でも、その上にお盆みたいな物をのせて、洗面所からはみ出た化粧品を置いているんですよね…使わない前提で生活しちゃってます。

山口

じゃあ、電子レンジで作れる料理だけやるとか。

あやこさん

シンクも狭くて、まな板が洗えないくらいなんです…。

山口

単身用の部屋って何もできないくらい狭いシンクありますよね。その環境で料理をしようと思うだけですばらしいですよ。

じゃあ、食材はキッチンばさみで切れるものだけ使う。あとは、冷凍野菜やカット野菜を活用する。それを耐熱の保存容器に入れて、電子レンジにかけるだけで完成する料理を作る。

「レンチン料理」のレシピって、世の中にたくさんあるんです。食器洗うのが面倒だったら、耐熱容器からそのまま食べてもいいし。温野菜にごまだれやポン酢をかけるだけでも、自炊だと思うんですよ。「そんなの料理じゃない」とか「女の子は料理できたほうがいいよ」とか言う声は完全に無視していいと思います。

星野

え、そんなこと言ってくる人がいるんですか。それは余計なお世話ですね。

山口

本人が納得しているんだったら、どんな食べ方でもいいと思うんです。

あやこさん

陶器のお皿じゃなくても全然気になりません。冷凍野菜やカット野菜の調理だったらできそうです。やってみます。

100点の出来じゃなくても、食べたい料理を作って食べること自体が満点の行為

山口

では、最後に皆さんに「いま食べたいものはなんですか?」という質問をします。心の中の「小さな自分」に聞いてみてください。お手元のボードに書いてください。これ、毎日自分に聞いていると、ぱっと答えられるようになりますよ。

あやこさん

私は、アジのなめろうです。居酒屋などでメニューにあったら必ず頼みます。

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星野

いいですねえ。僕も大好きです。好きすぎて、あまり料理しないのにアジをさばいてなめろうを作ることはできます。今度皆さんの前で披露したい。

あゆさん

私は茶碗蒸しです。夜遅くなった時に食べたくなります。最近はコンビニでも売っているんですよね。

山口

ああ、癒やされますよね、あのテクスチャ―。ふるふるで、甘やかされている感じがする。

あゆさん

ちょっといい豆腐と茶碗蒸しは自分の中で同じカテゴリーの食べ物なんです。さっぱりしたい時は豆腐、ちょっとリッチなのが茶碗蒸し。

なみさん

私はトマトソースパスタです。最近トマトソースパスタにはまっていて、何度も作ってちょっとずつ自分好みに改良しているところなんです。

山口

こういう自炊すごくいいですね!ハマって何度も作ると、すごく上達するんですよ。

ひなささん

私は中華丼です。あんかけは最強だなと思っていて。スープよりも満足感があって、油が多い炒めめ物よりヘルシーな感じがします。中華丼はいろんな具が入っていて食材バランスがとれているところもいいい。これまでの私だったら、ここまで考えて「また情報に踊らされている?」と疑心暗鬼に陥っていたと思うんですけど(笑)、星野さんがおっしゃったように情報も含めて自然な状態なら、本当に中華丼が食べたいんだと胸を張って言えます。

星野

すばらしい。

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山口

ちなみに、中華丼はご自分で作りますか?

ひなささん

たまに。100点の中華丼を作ろうとしたら大変なので、30点くらいのをよく作ります。

山口

100点の中華丼はお店で食べればいいので、それで十分ですよね。100点じゃない料理は、それ独自の良さがあるんですよ。

星野

30点くらいの中華丼を作りたいと思って、食べて満足したらそれはもう100点満点ですよ。

山口

本当にそうですね。それでは皆さん、ご参加いただき本当にありがとうございました!

前編はこちら

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取材・文:崎谷実穂
撮影:村上未知