空気までおいしい、誠実なお菓子ーー巴裡 小川軒の洋菓子

わが家の笑顔おすそわけ #22「お取り寄せ」〜甘木サカヱさんの場合〜

LIFE STYLE
2021.12.22

11月、私はかつてなく真剣に悩んでいた。

12月のテーマ、「お取り寄せ」についてである。

お取り寄せはもはや一過性のブームではなく、多くの人の生活の一部として根付いている。しかしただの「通販」ではなく、わざわざ「お取り寄せ」とやや気取って言うからには、そこにはほのかな非日常感、ちょっとした高級感、いつもとは違うスペシャルなおいしいもの、という意味合いが含まれていると思う。お取り寄せ。なんとワクワクする語感だろうか。

ありがたいことに、世の中にはお取り寄せできるおいしいものがあふれている。どれを選ぶか、ライターとしてのセンスと実力が試されている…!これはなかなかプレッシャーのかかるお題だ。

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早速リサーチを開始した。せっかくお取り寄せするからには、普段食べないようなめずらしい食材を頼んで料理してみるのはどうだろう。思い切って良いお肉とか…いや、しかし私の日頃の台所の相棒は、特売の鶏胸肉と豚細切れ肉である。扱い慣れない高級肉を買って、うっかり失敗したりしたらメンタル的にも予算的にもダメージは計り知れない。

ここはやはり、届いてすぐに食べられるものにしよう。さらに、日頃食べ慣れない食材は、そのおいしさが理解できない恐れがある。そうすると、普段から愛してやまない甘いものがいいだろう。

和菓子でも洋菓子でもいい。おつかいもの用には買えても自宅用にはなかなか買えないくらいの、老若男女誰でも大好きでオーソドックスな、老舗の菓子店の…と、大方の方向性がやっと定まった。

しかし、ここまで条件を絞っても、世の中には選びきれないほどのお取り寄せの菓子がある。なんという贅沢な世界に私は生きていることだろうか。

様々な菓子を検索しては、決めきれずにもたもたとしていたある日、Twitterでシェアされた短い動画をたまたま目にした。それはとある菓子店がクリスマスのロールケーキを作る動画だった。柔らかくも弾力のあるスポンジに、見ただけでおいしいとわかるきめ細かい生クリーム、そして何よりも驚くほどたっぷり詰め込まれたフレッシュないちごの贅沢さに目を奪われた。あまりに魅惑的で、何度も繰り返して再生してしまった。

このケーキは絶対においしい。そしてケーキがおいしいお店は焼き菓子も間違いなくおいしいに違いない。

調べてみるとそのお店は、新橋と目黒に店舗を構える、創業100年を超える老舗であった。看板商品は元祖レイズン・ウィッチ(レーズンサンド)。焼き菓子のオンラインショップもある。

完璧である。

巴裡 小川軒(ぱり おがわけん)、君に決めた!!

オンラインショップの注文確定ボタンを押してから、私の心の中は常に小躍りしていた。しかし注文をしてから品物が届くまでが迅速だったので、私の心もそう長いこと踊り続けずに済んだ。

クール便で届いた包みをワクワクしながら開ける。まずは看板商品であるレイズン・ウィッチ。サンドイッチならばパンに当たる部分は、ほろっとしっとり食感のクッキー生地。挟まれているのは、リッチな感触ながらも決して主張しすぎないクリーム。そして噛み締めるほどにジュワッとラム酒の香り高いエキスの染み出す、絶品のレーズンがごろごろと惜しげもなくたっぷり。

これはなんと贅沢な食べ物だろうか。一口かじった瞬間に、材料が一つ一つ吟味されていることがわかる。職人の、ごまかしのない誠実な仕事が感じ取れる。適当にモグモグと食べてしまうのはもったいない。丁寧に淹れたコーヒーや紅茶を添えて、ゆったりとした気分で食べたい逸品だ。

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そして焼き菓子8種の詰め合わせ。一品ずつレビューしていきたいのだが、ここで一つ問題が。
我が家は六人家族、食べ盛りの子供も二人いる。いくら仕事の取材とはいえ、母である私だけがおいしい菓子を独り占めするわけにはいかない。

というわけで家族に一つずつ菓子を分配し、「一口だけ食べさせて!いや仕事で!仕事でレビューを書かないといけないから!決して卑しいわけじゃないから!一口だけ!」とねだる作戦に出た。

しかしたったの一口では、この老舗の素晴らしい仕事を味わい尽くすことは到底できない。しかも家族が多いので、気づけば私の目の届かぬうちに食べ尽くされてしまったものもある。万事休すである。

しかしそんな窮地に立っても、私の心は穏やかであった。

冷蔵庫の奥に隠された、もう一つの菓子折り。

そう、こんなこともあろうかと、同じ焼き菓子8種詰め合わせをもう一つ頼んでいたのだ。なんと用意周到なことか、と自画自賛である。

…じゃあ家族の分を一口ずつもらう必要はなかったんじゃないの、という声が聞こえてくるようだがそれには断固として耳を塞ぐことにする。

こうして私は無事、8種すべての菓子を心ゆくまで味わった。いずれもオーソドックスな洋菓子であり、奇をてらった品は一つもない。それでいて、一品ずつの個性が際立っている。

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(左)レイズン・ウィッチ、(右)焼き菓子詰合せ/巴裡 小川軒

貝の形のマドレーヌは、軽くしっとりした生地に染み込む、うっとりするようなバターの香り。主張しすぎない洋酒とレモンの風味が、ストレートの紅茶にぴったりの品だ。

ダコワース。表面はさっくりと軽く、中の生地はもっちりとした噛みごたえ。サンドされたヘーゼルナッツクリームが香ばしくも優しい風味。今回食べたものはどれも、粉やバターといった素材の良さはもちろんだが、各種ナッツの風味の活かし方が際立っていると感じられた。

ネーブルパウンド。マドレーヌと似た印象かと思えば、こちらは打って変わってずっしりぎっしりとした食感。ネーブルオレンジの風味がしっかりと感じられ、小細工なしのボリューム感と食べ応えだ。

ノアショコラ。生地に焼き込まれたナッツ類の風味が一つ一つしっかりと感じられ、ショコラ生地との相性は言うまでもなく最高。サンドされた木苺ジャムの甘酸っぱさがアクセントとなっている。浅煎りのフルーティーなタイプのコーヒーと合わせると至福のひとときだった。

ふくろうキャラメルサブレ。可愛らしく縁起のいいふくろうの形のサブレ。サンドされているココナッツとミルクの風味のねっとりとしたクリームが個性的でおいしい。濃いめに淹れたミルクティーとの相性が抜群だった。

フルーツケーキ。近年の洋菓子ではめずらしいほどの重厚さ。火を近づければ燃え上がるのではないか?と思うほど濃厚な洋酒の香り。ドライフルーツやナッツ類がぎっしりと焼き込まれており、小さな一切れでも大満足の、まさに大人のための一品。

リーフパイ。シンプルなだけに材料と実力が問われる品だが、文句なく最高の食感と風味。パイ生地の間にある空気すらおいしい。これをフィルターにして呼吸したいくらいだ。

フロランタン。どの焼き菓子もレベルが高いが、個人的にはこれがナンバーワン。スライスされたアーモンドに、たっぷりと絡められた硬いキャラメルのザクザクとした食感が最高。こんなに歯触りの小気味よいフロランタンを食べたのは初めてだった。両端のチョコレートも最高の脇役。しっかり甘い、それなのにくどくない。用意した飲み物を飲むのも忘れ、夢中で食べ切った。

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今回注文した品はどれも、材料と手間に妥協しないという老舗の矜持を感じ取ることができる、最高の焼き菓子だった。

店舗では生ケーキのイートインなどもあるようなので、今度はお取り寄せではなく、東京まで足を伸ばして実店舗を訪れたいと思う。

そして…今回のテーマの執筆を通じ、私の体重計の針が大幅に右に振れたこともまた、疑いようのない事実だ。

おいしいものは独り占めせず、少しずつ分け合って食べるのが良い。そう肝に銘じる年の瀬である。

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