祖母たちのカレー、我が家のカレー
家に家系図があるように、家庭のカレーには、連綿と受け継がれる味の遺伝子があるのではないだろうか。
今回のテーマ「我が家のカレー」について考えながら、つくづくそう思ったのは、父方と母方、二人の祖母が作るカレーのことを思い出したからだ。
父方祖母の練り物カレー
私の父方の祖母は、実に明るくお喋りで、しかし人の話はあまり聞かず、徹頭徹尾マイペースな愛すべき人だ。昔から料理があまり得意でも好きでもなく、しかも結婚してからは家業の手伝いで毎日目が回るほど忙しかったそうだ。
彼女の長男である父が語るには、家庭の食生活はなかなか悲惨なものだったらしい。
昭和30年代~の北海道の田舎町である。現代のようにお金があればいくらでも外食やデリバリーができる環境ではない。父と叔父の二人は、幼いころから、毎日のように祖母の作るカレーを食べて育ったのだそうだ。
玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ。オーソドックスな野菜の具は小さめのサイコロ状に切られている。肉はひき肉を使う。「ひき肉を入れると、お肉が少なくても味がよく出るの」とは祖母の談だ。
ここまでは、別段変わったカレーではない。問題はここからだ。
祖母のカレーには、なぜか必ず、大量の練り物が入るのだ。
想像してほしい。ひき肉入りのごく普通のカレーの中に、刻んだ焼き竹輪やさつま揚げ、カマボコなどが煮込まれて大量に入っている味を…。
カレールーのスパイシーな風味の中に、ひき肉の旨味と、練り物から出た和風だしの風味が加わる。例えば蕎麦屋のカレーなどは、私は和洋折衷料理の代表格だと思っているが、祖母のカレーでは完全に和洋がケンカしている。
彼女は徹底して合理主義の人だった。忙しい家業の合間を縫って、いちいち家族の三食の支度をするのは非合理極まりない。
かくなる上は、家で一番大きな寸胴鍋いっぱいにカレーを作り、それが無くなるまで三食カレーで済ませれば、あとの支度はごはんを炊くことだけで済むではないか。それが祖母の食事作りに対する基本スタンスだったらしい。野菜が小さめに切られているのも、早く火が通るようにという合理性のたまものである。
そういえば昔、なぜ祖母のカレーには練り物が入っているのかと聞いてみたことがあった。祖母は「健康のためには、肉や魚、たんぱく質っていうのが必要なの。それもお肉よりお魚の方が体にいいの(祖母個人の見解)。だからおばあちゃんはカレーに練り物をいっぱい入れるのよ」というようなことを答えた。
当時はよくわからなかったが、なるほど、練り物入りカレーは、毎日そればかり食べることを前提として、せめて家族の栄養バランスを整えようとした祖母なりの愛情から生まれたメニューだったのである。
謎の和風だしの風味と、本来冷凍には向かないのに、容赦なく冷凍→解凍された練り物とじゃがいものスポンジのような食感が、私にとっては懐かしい祖母の味である。
余談だが、祖母の子である私の父と叔父の兄弟は、どちらも成長すると、料理人への道を志した。「家庭の食事があまりにも独特すぎて、二人とも自分の手でおいしいものを作るしかないと思った」というのが父の談である。
決して料理が好きなわけでも、得意なわけではなくても、こうして子どもたちが料理に目覚める、こんな家庭もある。食育に正解なんてないのだ、とつくづく思う。
母方祖母の小麦粉カレー
一方で、母方の祖母は料理が上手でマメな人だ。カレールーを使って手軽にカレーを作ることが主流になってからも、時々、小麦粉とカレー粉をバターで炒めて作る、昔ながらのカレーをふるまってくれた。
肉や野菜はゴロゴロと大きくて、時間をかけて柔らかく煮込まれていた。ルーはとろみが少なく、どちらかといえばシャバシャバとして、油脂分が少ないあっさりとした風味だった。
濃厚などろりとしたルーに慣れた子どもの私の舌には、少々あっさりしすぎていると思ったこともあったが、大人になってからは、あの素材の旨味が沁み出した素朴な祖母のカレーが無性になつかしい。
我が家のひき肉トマトカレー
現在、私が作る我が家の食卓にのぼるカレーは大きく分けて3種類ある。固形のルーを使った、いわゆる基本のカレーと、スパイシーなものが食べたくなった時に作るインドやネパールのカレー、それと、今回ご紹介するひき肉トマトカレーだ。
特に子どもたちに人気のこのカレー、固形のルーは使わずカレー粉を使う。それだけではあっさりしすぎているので、中濃ソースとトマトケチャップで旨味と風味を補う。
まずはオリーブオイルで、スライスしたニンニクを炒めて香りを出す。そこに合いびき肉500gほどを入れてじっくり脂が出るまで炒め、サイコロ状に切った人参、玉ねぎ、ジャガイモをたっぷり合わせて炒める。
具材に火が回ったら、トマトの水煮缶と、同量の水を加えて煮立たせる。大きめの両手鍋にいっぱい作るので、私はいつもトマト缶は二つ使う。
煮立ったら塩、こしょうをして具材に火が通るまで弱火で煮込み、カレー粉とケチャップ、中濃ソースで好みの味に調え、さらに5分ほど煮込んで出来上がりだ。
トマトの風味が強く、ミートソースとカレーの中間という感じの仕上がりだが、野菜がたっぷり入っている分、味わいはあっさりとしている。それでいてひき肉とトマトの旨味がきいていて、ごはんがすすむ誰からも好まれる味だ。
ナスやズッキーニ、パプリカなどの夏野菜をたっぷり入れてもおいしい。カレー粉の代わりにタコスシーズニングを使い、豆の水煮缶を加えれば、たちまちタコライスの具の出来上がりだ。
少しずつレシピを改良しながら我が家の定番になっていったこのひき肉トマトカレーだが、今回改めて考えてみると、「固形ルーを使わずあっさりとした味」という点では母方祖母の昔風カレー、そして「ひき肉を使い、野菜をサイコロ状に切って加熱時間を短縮する」という点では父方祖母のカレーの遺伝子を、それぞれ引き継いでいるのではないか、ということに気づいた。
幼い頃に食べ慣れた味の記憶というものは、もしかしたら自分で想像するよりも深く、この身、この舌に根付いているのかもしれない。
いまのところ、我が家のカレーに練り物を入れる予定はないけれども……。
愛すべき、対照的な二人の祖母たちは、90を超えた今なお健在で、自分の食事は自分の手で作っている。一人分のカレーを作ったりするのだろうか、父方の祖母はやっぱり冷凍庫をカレーでいっぱいにしているのではないか……。
早くこの状況が落ち着き、祖母たちのカレーをまた食べられるように、と願っている。