トウモロコシ粉の沼に、首まで浸かってみた話

わが家の笑顔おすそわけ #13 「新しい食との出会い」〜甘木サカヱさんの場合〜

LIFE STYLE
2021.03.22

「新しい食材との出会い」

このテーマをいただいて、私の脳裏にある料理が浮かんだ。

以前、外国料理に関するコラムで読んだことのある、ベネズエラで広く食べられている「アレパ」という薄焼きパンだ。

アレパは、トウモロコシの粉100%でできており、ふっくらとしておいしいという。私の親しい友人のお子さんは、重度の小麦アレルギーで苦労しているのだが、これならその友人やお子さんに喜んでもらえるのではないかと思い、記憶に残っていたのだ。

そういえば私は今まで、トウモロコシの粉を料理に使ったことがない。そうだ、今回のテーマ食材はこれにしよう!そう決意したのだった。

それが、思いがけぬ深い沼への第一歩だとも知らずに……

日本でアレパは作れない?

善は急げとばかり、製菓材料専門店へ駆け込んだ私は首を傾げた。

目の前には、トウモロコシの胚乳のみを挽いた粒の粗いコーングリッツ、さらに細かく挽いたコーンミール、そしてそれを更に細かく小麦粉のようにしたコーンフラワーの3種類が並んでいた。とりあえずすべて購入して帰宅し、ネットでアレパのレシピを検索した私は、再度首を傾げることになったのだ。

いくつかヒットしたレシピのどれもが、コーンの粉に小麦粉をブレンドして作るようにと書かれている。私が知っているアレパの材料はトウモロコシ100%だという話だったのに、これはどういうことだろうか。

半日かけて調べたところによると、そもそもトウモロコシ粉にはグルテンが含まれないので、そのままではツナギになる成分がない。そのため普通は小麦粉などの助けを借りずにパンを作ることはできない、ということらしい。

ただし、トウモロコシに、「ニシュタマリゼーション」というアルカリ水による伝統的な処理を施せば、粘りが生まれて単体でもパンが作れるのだそうだ。

しかし、日本で一般的に売られている前述のトウモロコシ粉には、その処理がされていない。つまり、私がはじめに買った粉たちは、それ単体ではアレパや、さらに薄く焼いたパンであるトルティーヤが作れないということなのだ。

アレパ専用の粉というのもネット通販で見つけたが、取り寄せに時間もかかるし、お値段もあまりお手頃ではない。

調べれば調べるほど、トウモロコシ粉の奥深さに打ちのめされた私は、ふと近場にブラジル食材の専門店があることを思い出した。トウモロコシ粉は南米大陸で広く食べられている。きっと何らかのヒントを得られるのではないだろうか。

 

突然「パンが作れるトウモロコシの粉はありますか」とやってきた不審な客を、お店のマダムは大らかで優しい笑顔で迎えてくれた。

問題は、マダムには日本語があまり通じないことだ。何種類もあるトウモロコシ粉には日本語のラベルも貼られていたが、アルカリ水処理の有無はわからない。「これだけでパンが作れますか?小麦粉なしでOK?」としつこく聞く私に、「ダイジョウブ!」と笑顔で頷くマダムを信じ、おすすめされた「フバ ミモーゾ」という粉を1袋購入した。

さらにその日の午後、たまたま立ち寄った某有名輸入食料品店で、別のトウモロコシ粉と出会った。

パッケージには「マサ粉 100%とうもろこし粉」の表記。その場でスマホで調べたところ、アルカリ水による処理をしたトウモロコシの粉をマサ粉と呼ぶのだという。パッケージにはそれ単体でトルティーヤを作るレシピも記載されている。ああ、私はこれを探していたのだ!求めよ、さらば与えられん!

こうして我が家に、コーングリッツ(粗)、コーンミール(中)、コーンフラワー(細)、フバ ミモーゾ、マサ粉という5種類のトウモロコシ粉が揃ったのであった。

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5種類のトウモロコシ粉

鈍器のようなアレパ

まずは、ブラジル食材店で購入したフバ ミモーゾという粉で、アレパを作ってみることにした…が、レシピ通りに粉に水とサラダ油、塩を加えて練り始めた私は、すぐに気づいた。

これ、絶対、単体でパンになる感じじゃない。

練っても練っても生地はざらざらのボロボロで、さっぱりまとまる感じがしない。試しに小さくまとめてフライパンで焼いてみると、ボロボロと粉に戻ってしまう。

うん、マダム、これ無理だよ。

改めてフバ ミモーゾの粉をじっくりと観察すると、色といい粗さといい、日本の製菓材料店で買ったコーンミール(中)とほとんど一緒に見える。

ボソボソの生地を無駄にしてはいけないと、水と強力粉を加えて練り、何とかまとめてフライパンで焼いた。

トウモロコシ100%という本来の目的とは異なるものの、香ばしく素朴な甘みがあり、決して味は悪くない。ただ、食感が硬く、パンと呼ぶには程遠い。冷めると更に鈍器のような硬さになってしまった。カッチカチである。さらに、胃の中で水を吸って非常に膨れる。これは強敵だぞ、と改めて気を引き締めた。

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マダムお勧めのフバ ミモーゾ

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冷めるとカチカチになるアレパ(もどき)

マサ粉のアレパはどうだ

そこで満を持して、マサ粉でアレパを作ってみることにした。同じように水とサラダ油と塩を加えて練る。すると…

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粘りが出た!

明らかにさっきとは違う、しっかりと粘り気のある生地である。これぞニシュタマリゼーションの賜物!と興奮しながら、平たい丸形にした生地の両面にフライパンで焼き目をつけ、さらにオーブンで15分ほど加熱した。

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ふっくらしてきた

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出来上がりはこんな感じ

試食してみると、先程のカチカチアレパと違い、食感は柔らかい。しかし、ふっくらふんわり、というまではいかず、パンと呼ぶにはどこかずっしりとした頑固な食感である。

前述の友人と、小麦アレルギーのあるお子さんに焼き立てを試食をしてもらった。

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食べてくれた!

後日感想を聞くと、味は気に入ってくれたものの、やはり食感のパサつきが多少気になるようで、途中からジャムを付けたところ、おいしい!と完食してくれたとのこと。

私の理想のアレパはもっと軽くフンワリしているのだが、やはりアレパ専用の粉でないと難しいのだろうか。それとも私の技術に問題が…?

正解のわからない料理を作るのって難しい、そうつくづく感じた私のもとには、まだ使い道の定まらないトウモロコシ粉が大量に残されているのだった。

トウモロコシ粉の沼にはまる

100%トウモロコシ粉のアレパを作るという目標はとりあえず達成されたが、残念ながら大満足の結果とはいかなかった。こうなったら、小麦粉のグルテンの力も借りて、ありとあらゆるトウモロコシ粉料理を作ってみようではないか!

半ばヤケを起こした私は、それから1週間ほど、連日手あたり次第にトウモロコシ粉料理を作り続けた。

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コーンミール(中)に強力粉とホールコーン缶を加えてホームベーカリーで焼いたコーンブレッド。機械任せなので当たり前だけれども美味。

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コーングリッツ(粗)を衣にして揚げたヒレカツ。薄衣なのに香ばしくて美味。

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マサ粉で作った余ったアレパ生地を、思いつきで一口大にして揚げてみた。見た目は完全にチキンナゲット!食感ももちもちで面白い。ヴィーガンの方にもおすすめしたい。

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フバ ミモーゾの袋の裏に書いてあったレシピ、コーンケーキ。砂糖がものすごい量入っている。どこか懐かしい、カステラのようなマドレーヌのような味わい。子どもたちには一番人気。

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マサ粉の袋に記載のレシピで作った、トウモロコシ100%のトルティーヤ。丸めた生地を二枚のまな板で押しつぶす。「トルティーヤプレス」という、蝶番がついた専用の道具もあるらしい。

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潰して伸ばしたトルティーヤはフライパンで両面焼いて、具をのせて出来上がり。生地の香ばしさがこれまで食べたことのあるものと段違いですごくおいしい。手のひらより少し大きめのかわいいサイズ。

画像を忘れたが、コーンフラワー(細)と小麦粉を合わせて水で練り、沸騰した湯に落として湯がき、汁物の具にしたものもおいしかった。「トウモロコシすいとん」とでも呼ぼうか。

こうしてトウモロコシ粉は、すっかり我が家の常備食材の一員となったのだった。

ポレンタが呼び起こす青春の記憶

そして最後に作ったのが、イタリア料理であるポレンタだ。

作り方は実にシンプル。鍋に水と塩とコーングリッツ(粗)を混ぜて火にかけ、ひたすら木べらで1時間弱、ねりねりねりねりと練り続ける。

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最初はさらりとしている

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粘りが出てくる

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一まとまりになったら出来上がり

そうすると最終的には、ぶりん、というかねっちり、というか、何とも言えない食感の塊になる。コーン粥、と訳している人もいたが、感触のイメージ的にはういろうに近い。謎の弾力がある物体である。

それ自体にはさほど味がないので、ソースをかけたり煮込み料理に添えたりして食べるものらしい。

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トルティーヤで余ったサルサソースをかけてみた

食べてみると、これが素朴な味でなかなか悪くない。サルサソースとの相性も抜群だ。口の中に広がる、香ばしさともっちりの同居という謎の食味に引きずられるように、遠い記憶が蘇ってきた。

あ、私これ、昔食べた事ある気がする。

ひたすら口を動かしながら、必死で記憶の糸を辿る。

そうだ、あれは確か私が田舎から上京したばかりの頃、バイト先の飲食店の奥様に、こじゃれたイタリアンレストランでランチをごちそうになった時だ。

皿の上には見慣れない煮込み料理と、それに添えられた薄黄色の塊。

イタリアンといえばパスタとピザしか知らない当時の私である。田舎育ちを引け目に感じているのを悟られないように、フーンなるほど、煮込み料理にはこれですね、やはり……というようなしたり顔を作って、謎のもちもちした塊を飲み下した。

あれが、あれこそがポレンタだったのだ。

思いがけず、二十年も前のほろ苦い虚勢の思い出の味との出会いまであったこの企画。

トウモロコシ粉の、深い深い沼に肩まで浸かった私は、当分この沼から出られそうにない。

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