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自分に見せるための料理を作るーー作家・くどうれいんさんのおうちごはん

きのう何作った?

PEOPLE
2023.07.27

食に関するエッセイでは2作目となる『桃を煮るひと』を2023年6月に上梓した、作家のくどうれいんさん。作る料理の決め方や、自分の投稿が人を窮屈にさせてしまうのではと考えていること、自分のためだけに作る料理などについて伺いました。

お話を伺った人:くどうれいんさん

1994年生まれ。岩手県在住。盛岡の独立系書店BOOKNERDからリトルプレスとして発行された、食に関するエッセイ『わたしを空腹にしないほうがいい』が話題となる。現在は児童向け書籍や小説、短歌など、幅広いジャンルで執筆している。

夕飯が待ちきれなくて、自炊を始めた

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ーー『桃を煮るひと』の出版、おめでとうございます。あんなふうに解像度高く食を捉えているのは、幼少期からですか?

そうかもしれません。この本が読者に届き始めてから、「もしかして、私って食べ物のことを考えている時間が長い…のか?」と自覚し始めたところがあります。小学生の頃から、食いしん坊ではあったんですけどね。なんとなく、2食先までは何を食べたいか考えている気がします。

ーーくどうさんが自炊を始めたのはいつからなんでしょうか?

多分、小学校高学年ぐらいからしていたと思います。おなかがすいて家に帰って17時半、共働きの両親が帰ってきてごはんを作るとなると、食べられるのは19時半。その2時間が耐えられなくて、自分で作るようになりました。

母が料理雑誌『オレンジページ』の切り抜きをファイリングしていて、基本の料理はそこにまとまっていたので。それを見て、まずは親子丼とチャーハンと、オムライスから作り始めました。最初は黄色か茶色の料理ばっかりで、「それ以外も食べたいな」と思ってレパートリーを少しずつ増やしていきましたね。

ーー今では幅広いジャンルの料理をされていますよね。パクチーやパセリもはしょらずに使っている印象です。

それは盛岡に、そういうものを買いやすい産直(産地直売所・産地直送センター)があるからですね。産直ってめちゃくちゃ安くて、パクチーもものすごい量が入って120円なんですよ。今みたいに使うようになったのは、新居に引っ越して、小ねぎを買うような感覚でパクチーを手に取れる環境になってからです。

「食べたさ」より「作りたさ」でメニューを決めることも

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ーー普段、作るものはどうやって決めていますか?

食材をもとに決めることが多いです。私は仕事が捗らなかったら、一旦現実逃避の娯楽としてスーパーに行くんです。15時半くらいの中途半端な時間に行くと、前日から出ている30%オフや半額の食材が、とくに鮮魚コーナーには多くて。

例えばタコの皮が150円で売っていたら、そこから「タコ飯を作ろう」と決めて、「それならサラダも作ろうかなあ」と考える。そういう感覚ですね。冷蔵庫の残り食材から考えることもあります。

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ーーそういう時によく行く、盛岡のご当地スーパーは?

私がよく行くのは「マルイチ」です。野菜が安くて、肉と魚はすごく安いわけではないけど質がいいんです。マルイチの中でも、ワインや地ビールなど、お酒も豊富に扱っている「お酒の専門店 タストヴァン」が併設されている店舗によく行きます。

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それから、「食べたい」よりも「作りたい」と思ってメニューを決める時もありますね。例えば「今日、すっごいレタスを切りたいかも」「『蒸す』をやりたい、何を蒸そう」とか。

ーー料理の中の特定の工程をしたくなるんですね。そこにはどういう喜びがあるんでしょう?

レタスならすぐ切れるところと、音の感じや手触り。蒸すのは「蒸している」という…時間そのもの?その日を「きのこを蒸した1日」として上書きしたい、という時もありますね。「山菜をおひたしにする自分でいたい」みたいな、かっこつけで料理するところも多分あると思いますし。

片付けが嫌いだから、「なんでこんな面倒くさいことしたんだろう」と思いながら作ったり、「なんでこんな食べきれない量を作っちゃうんだろう」とタッパーに入れて保存したりしていますね。

ーー参考にしているレシピサイトや、とくに好きな料理家さんはいらっしゃいますか?

今井真実さんや白ごはん.comの冨田ただすけさんが好きです。長谷川あかりさんのレシピもよく参考にしています。あとは「きょうの料理」や「オレンジページ」のWEBサイトとかですかね。買い物をするときにざっと見て「大体こんな感じね」と把握して、料理する時は見ずに作るので、その通りの味を作っているわけではないかもしれません。

あとは最近、オリーブオイルと塩っておいしいのかもしれないって気づき始めて。

ーー新たな発見が。

今井さんのレシピで、少ない食材でなんだかとってもおしゃれな料理をいくつか作っていたら、最近は料理って「調味料と食材を揃えて、ぶり大根」「チンジャオロース」とかじゃなくて、「この食材を焼いたやつ」「茹でて、レモン汁と塩をかけたやつ」でいいのかもしれないと思い始めたんです。そういう料理が、だんだん食卓に侵入しつつありますね。

自分だけのために作るごはんは、「私のまかない」

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ーーいつも盛り付けが素敵な写真をアップされていますが、どこにも写真を載せない日のごはんのこともぜひ聞きたいです。

ごはんに多めの油でジャッと焼いた卵をのせて、醤油をかけたものがすっごい好きです。なんの栄養のことも考えてないから、あんまりSNSに載せることはないんだけど、一番よく食べます。卵がある日はこれか卵かけごはんで、あとは素うどん。冷凍うどんをチンして、レモン汁とポン酢をかけて、ごまと黒こしょうをめちゃくちゃかけてわしわし食べます。

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ーー素うどん、すごくおいしそうです。卵ごはんも彩りがきれいですね。誰にも見せない料理でも、いつもきちんと盛り付けて食べますか?鍋から直接食べたりすることはしない…?

気持ちはすごくわかります。でも、せっかく作るなら彩りがいいほうが、自分が満たされるんですよね。

だからこそ、小ねぎのストックやしそ、糸とうがらし、ホールから挽いて使うようなこしょう、ごま、かつお節など、のせるとそれっぽくなるものが、うちには常にあります。それをかけてるだけなんですよね。

ーーストックしている「のっけもの」で、とくに気に入っているものはありますか?

自作のドライパセリです。100円ぐらいで売っている、どうやって使うんだよって量のパセリがあるじゃないですか。それをちぎってお皿にのせて、レンジでチンしてカラカラにすると、色のいいドライパセリができるんです。それを緑がない時はワッとかけています。

ーー他に、常に冷蔵庫に入っている食材はあるんでしょうか。

納豆、キムチ、おなかがへった時に一旦食べるトマトと、最近はレタスが常にあるかもしれません。

ーーレタスはサラダ以外だと、どんなふうに使いますか?

湯引きをして、オイスターソースと酢などを混ぜたものをかけるとたくさん食べられます。サニーレタスが好きでよく買うんですが、ちぎってざっと洗って手にのせて、マヨネーズと粉チーズ、黒こしょうをひいて丸めて食べたりもします。そういう時は皿も出しません。

ーーお鍋さえ使わない場合は、そのまま食べるんですね。

買った野菜を袋から出して、そのままかじることもあります。こういうのは「ズボラ」って言われるのかもしれませんが、私は「野生的」ってことでいいじゃん、って思うんですよね。「ズボラ」という概念を、あまり自分の生活に入れたくない。ふふ。

自分だけのために作るごはんは、全部「私のまかない」だと思ってます。「私」をやっていないと食べられない食事なんだから、みんな「ズボラ飯」なんて言わずに、胸張ったらいいよって思いますね。

人にはその時々で適切な食事がある

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ーーくどうさんの食卓は、品数が多めの印象です。

原稿がうまくいっていないと品数が増えるようなところがあります。でも、自分がフリーランスになり台所に立つ時間をとれるようになって、品数の多い食卓の写真をインスタのストーリーズにアップしたりすることが、誰かを窮屈にさせているかもしれないな、という思いはずっとあって。

ーーそれはどうしてなんでしょう。

自分が会社員兼作家みたいにして働いていた4年間、まったく夕食を作る時間がなかった時期に、誰かが夕食を作っているのを見ると、ものすごく黒い気持ちになってたんですよね。「そういうことができる人はいいよな」って。

これから3時間残業するために、炭酸水と30%オフのすじこおにぎり、チョコラBBとグミっていう、何かを削りながら補うような買い物を自分がしている時に、スーパーのレジで前に並んでいる人は夕食のための食材を買っている。そういう時は、「私本当にこれでいいのかな」ってすごく思わされました。「そんな買い物ができる人がおかしいんだ」とまで思ったりもして。

ーー漠然とした不安が訪れる時、ありますよね。

自分は今夕食を作れないけど、仕事はとっても楽しいし、この人生を選んでよかった、間違いないはずだって言い聞かせてないと、突然何もできなくなりそうだなと思う日がありましたね。

家事をする暇がないぐらい忙しい自分も好きだし、夕飯を楽しみに作る自分のことも好き。だから、今夕食を何品も作っていると、会社で働き続けていたかもしれない自分に、ちょっと後ろめたい気分で肉を茹でこぼしたりすることがあります。

ーーどちらも好きだからこそ、感じることかもしれませんね。

でも、忙しく働いていた時もご飯を適当に選んだことは一度もないし、人にはその時に適切な夕飯が絶対にあるので。みんなが品数たくさんの夕飯を用意できたらいいですね、とは全く思っていません。私も夕飯を作った分、夜まで仕事をするし。どちらがいいとかでは、ないと思ってます。

「でも、おしゃれだったら嬉しいじゃん!」の気持ちで盛り付ける

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ーーくどうさんは、食器やランチョンマットも工夫されているように思います。テーブル周りのものを売っている、盛岡のお気に入りのお店はありますか?

「光原社」という、工芸品を扱うお店です。見ているだけでうっとりして、すこしずつでもこういうカトラリーを揃えたいなと思います。

ついこの間、600円ぐらいのお茶碗から、小久慈焼きの1700円ぐらいのお茶碗に買い替えたんですよ。それに盛って料理を出すと、自分のまかないも200円ぐらい単価が上がったように感じますね。

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ーーお皿を買う時は、こんなふうに使いたいなというビジュアルイメージが浮かぶんですかね?

そうですね。余白の多い白か黒のお皿をよく買います。いいお皿にのせるだけで料理もよく見えることもあるし。「ご自愛」とか「ていねいな暮らし」という言葉でかすめられたくはないし、自分の中にもそういうこだわりや丁寧さを揶揄してくる自分がいるんですけど…。

ーーくどうさんの中にも、そういう人がいるんですか…!

いるんですけど。そういう自分をつど倒して、「でも、おしゃれだったら嬉しいじゃん!」って、作って盛り付けているような感覚があります。映えないことも、映えすぎることも気にするのをやめました。

自分が不安じゃないように、料理をすればいい

ーー今日お話を伺って、くどうさんの料理のベースには「自分へのもてなし」があるのかなと感じました。

いつも自分に見せるつもりで作っているし、自分が嬉しいかどうかが大事ですね。だから、こうして料理をしながらも、「残業して、営業車の車の中で、運転席に座って食べるすじこ巻きが結局一番うまい」みたいな気持ちも同時にあります。

ーーその二つは、矛盾しないですもんね。

その時その時に一番フィットした食事があるはずだと思うんです。人の食事にあれこれいう人に対しては、「自分の人生に集中。解散!」って思います。

私、大学生の時に就活が不安で、教授に相談した時に「自分が不安じゃないようにやったらいいよ」って言われて。それが仕事でも、暮らしでも指針の一部になっているんですよね。

ーー彩りがないなーと思うぐらいなら、のせろと。

そう。「ねぎがあればよかった」ってしばらく思うくらいなら、すぐ買ってきて切る。自分が納得できるようにしよう!って、今は思っています。

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取材・編集:小沢あや(ピース株式会社)
構成:佐々木優樹
撮影:小原総太