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同じレシピ本を三周するのが上達への道ーー長塚健斗さんの料理術

きのう何作った?

PEOPLE
2023.04.24

エクスペリメンタル・ソウルバンド WONKのボーカルを担当する長塚健斗さん。ミュージシャンとして活躍する傍ら、イタリアンやフレンチの有名店出身のシェフの下での修行や都内ビストロの立ち上げに料理長として携わった経験を持つ、プロの料理人でもあります。

現在もフランス料理をベースに商品や調理開発のプロデュースを行う長塚さんに、おうちごはんをよりおいしくする秘訣や料理を楽しむコツをお伺いしました。

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お話を伺った人:長塚健斗さん

1990年東京都生まれ。2013年にWONKを結成。所属レーベルEPISTROPHではオリジナルブレンドコーヒーシリーズやフレグランス、調理道具等のプロデュースも行う。出演映画「ひとりぼっちじゃない」が公開中。

おうちごはんを手軽にするには食材の「仕込み」が鍵

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今回の取材は長塚さんの所属レーベルがプロデュースするワインスタンド「TEO」で実施されました

ーー長塚さんはビストロなどで働かれていた経験があるそうですね。料理人としてのキャリアがおうちごはんにも活きている実感はありますか?

家でも食材の仕込みをやるようになりましたね。買ってきた食材は、全部その日のうちに下処理をしちゃうんです。

たとえば葉物野菜は、そのまま冷蔵庫に入れておくとすぐだめになってしまいますよね。でも1枚1枚剥がして、常温の水を張ったボウルに入れて1時間ほど置いておけばシャキシャキになります。その状態でタッパーに入れて保管しておけば、2週間くらい持つんですよ。

仕込みの段階で洗ってあるので、使うときはちぎるだけですぐに食べられます。毎回洗ったり切ったりするのが面倒なので、サラダ用のパプリカなどは事前にカットしておきます。

ーーおうちごはんに「仕込み」の概念はなかったです。料理の作り置きとはまた違いますよね。

僕、作り置きはあまりしないんですよね。ただ、料理の開発や試食で栄養が偏りがちなので、野菜たっぷりのトマトスープだけは作り置きしています。ベースとなるトマト、玉ねぎ、にんじん、セロリに、好きな野菜や余っている食材を入れて作っています。食べるときにオートミールを入れたらリゾットにもなるので、めっちゃおすすめです。

「食材の最終形態」をイメージすることが大事

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ーー料理人時代に学んだことや、料理に向き合う上で大切にしていることはありますか?

詰めが甘い部分があると、絶対料理に出るんですよ。レストランでは食材の仕込みから盛り付けまでのすべてをコントロールして、完璧に仕上げたものがお皿の上にないと、お客様を納得させられないんです。

未完成のものをお客様に「すみません、できませんでした」とは言えないし、半端なところがあると自分も不安になるので、細かいところまで一つ一つ突き詰めていくしかないんですよね。

ーーなるほど。おうちごはんをおいしい料理にランクアップさせるには、どうしたら良いのでしょうか?

料理を作るとき、レシピを見ながらその手順通りに作る人が多いと思います。でも「お肉を何分焼く」って、一概には決められないんですよ。食材の状態や火の範囲で焼き時間が変わるので。

だからこそ、レシピ通りの焼き時間やレンジのワット数を気にするよりも「どのように火が入っているか」や「最終的に食材がどうなっているか」を自分の目で確かめながら調理を進めることが大事かなと思います。

料理が上手くなるには、プロのレシピ本を三周するのがいい

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ーー料理を磨く上で、長塚さんのおすすめの方法はありますか?

「料理上手」と呼ばれる人たちが余った食材をおいしく調理できるのは、食材を扱うときの基準が自分の中にあるからだと思うんですよ。「このくらいの塩を入れたらこの味になる」とか「この食材はこのくらい火を通せば良い」という感覚があるから、レシピを見なくてもおいしい料理が作れる。

料理の感覚をつかむには、一冊のレシピ本を三周するのがおすすめです。これ、みんなあまりやらないんですよね。レシピ本を買って、まず一回目は必ずレシピ通りに作る。大さじや小さじもきちんと計って、火入れも時間通りにします。

そして二回目は、大さじや小さじをティースプーンや自分の手に置き換えて作ってみるんです。そうすると「指三本分の塩はこのくらいか」「砂糖をこのくらい入れるとこの味になるのか」という感覚がわかってきます。

三回目になるとレシピも覚えてくるので、味をこまめに見ながら自分の感覚でやってみると、大体のメニューが作れるようになります。

ーー料理上手になるには、自分の基準を持つことが大事なんですね。

「中華の基本」みたいなベーシックな料理本で実践するのが良いと思います。味付けなどは人によって基準が違う場合があるので、一人の料理人が書いた本で実践するのがおすすめです。

料理をワンランク上げる調味料の選び方

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ーー料理をする上で、特にこだわった方が良い調味料はありますか? 

こしょうは絶対に挽いたほうが良いです。挽いた瞬間に香りが一番立つので。塩は、スーパーに1kg190円くらいで売っている精製塩でも大丈夫です。

ーー塩はリーズナブルなもので良いんですね。

塩は用途によって使い分ける意識を持つと良いです。精製塩は粒子が細かく味が浸透しやすいので下味を付けるのに向いてます。粒の大きい岩塩などは中まで入っていきづらいので表面だけがしょっぱくなるんです。

ゲランドやカマルグなどのフルールドセル、岩塩など、えぐみの少ないまろやかなタイプは焼いた後のお肉にかけたりドレッシングに使ったりと、味わいに直結する時に使うと良いですね。こしょうとエキストラバージンオイルと一緒にサラダにかけるだけで、めちゃくちゃおいしくなります。

他にこだわった方がいいと思う調味料は醤油、みりん、酒。本みりんや日本酒を使うだけで全然違います。

ーー調味料を変えるだけで仕上がりに差が出るんですね。こだわり派の長塚さんが推しているスーパーはありますか?

一番お世話になってるのは成城石井ですかね(笑)。紀伊國屋、明治屋、あとは麻布十番の日進ワールドデリカテッセンあたりもよく使わせていだだいてます。

ーー調味料もそのあたりのスーパーで揃えてるんですか?

どこにでも売っている米油を使うこともあります。調味料といえば、油にも気をつかった方が良いですね。

油は香り付けの要素も強いのでそこを意識して使い分けるとレベルアップすると思います。香りのくせが少ない、米油とか太白胡麻油を使うと美味しい炒め物になりますよ。僕の家には油だけで十種類くらいありますね。

ーー油だけでそんなに!

ドレッシングを作るときでも「このオリーブオイルだと青くさくなりすぎちゃうかな」とか考えるので、小さいサイズの油をたくさん揃えています。

人の味覚のほとんどは嗅覚由来なので、僕は香りを一番大事にしています。たとえば、ステーキなら、どれだけおいしいお肉やソースよりも、香ばしさが食欲をそそるので、まずは焼き色の具合の方をより大事にしてます。いわゆるメイラード反応を狙いつつ。

ーーたしかに、おいしそうな香りがすると食欲が湧きます。

おうちごはんとレストランのメニューの違いは「味の決め方」にある

ーー料理をレストランの味に近づけるには、どうしたらいいでしょう?

料理をお店のようにするには、まず味を決めることが大事です。家庭料理だと薄味で作る方も多いと思いますが、それをレストランで出すと「ぼやけた味」に捉えられてしまうんですよね。レストランの料理って、塩味も甘味も攻めているんです。

たとえば、レストランのデザートは一般的なものより砂糖が多めなんです。普通に食べたらめちゃくちゃ甘いんですが、食後にコーヒーと一緒に食べるデザートだからこそ、おいしいんですよね。食事もお酒と合わせて食べるから塩味が強めです。

ーーおうちごはんとレストランのメニューは、味付けからまったくの別物なんですね。外食からも料理のインスピレーションを受けていると思いますが、ご自身のレシピにはどのように活かしているのでしょうか?

最近は、これまで知らなかったジャンルの料理の作り方を調べたあと、自分の料理に落とし込むようにしています。

たとえばメキシコ料理を深掘りしたあとだったら、「家にあるジビエをタコスっぽくするにはどうすればいいか」を考える。そこから「鹿はレバーっぽいテイストだからソースは重たくしようかな、酸味のバランスは…」と、連想ゲームみたいに考えて作っていきます。

ーーすごい!まさに食材の特徴を掴んでいるからこそできるアレンジですね。

料理は足しすぎないのが美しい

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ーー疲れて帰ってきた日でも手軽に作れるおすすめメニューはありますか?

糖質ゼロ麺の冷製パスタがおすすめです。糖質ゼロ麺に、めんつゆ、ごまだれ、ツナ缶を混ぜたソースと、おろし金で削った生姜、にんにく、トマトをかける。最後に大葉をちぎってのせれば完成です。洗いものもおろし金とザルだけで済むのでめちゃくちゃ楽です。

ーー包丁を使わずにできるのは良いですね。

疲れているときは、包丁と火を使わないことが最優先。自分の中で何が面倒な行程かを考えて、それをできるだけ削っていけるようにするといいと思います。

ーー料理と音楽で共通して意識されていることはありますか?

全体のバランス感ですね。一時期、WONKでもコーラスや音をいっぱい足して厚くする時期があったんです。でも、世界で活躍しているアーティストの楽曲を聴くと、歌とベースとシンセといった三つの音だけでもかっこよく良く仕上がってるものもあるんですよ。必要なところに必要な音がいくつかあるだけで成り立つ美しさがあるなと思います。

ーー引き算が大事、ということですね。

料理も、初心者のうちは色々と足しがちなので、お皿の上がごちゃごちゃしてしまうんです。きれいに焼かれたお肉にじゃがいものピューレ、塩とこしょうがあればそれだけで美しい、みたいなことですね。

ーーなるほど。全体のバランスとして、メインと副菜の組み合わせ方はどのように考えるのが良いんでしょう?

副菜はなんでも良いです。正直、必ずしも必要だと思わない派ですし、普段はそこのバランスは考えません(笑)。ごはん、お味噌汁、メインおかずにお漬物、でいいんです。サラダなんかがあったら大満足ですし。求めすぎずがんばりすぎずで良いんですよ、マジで!

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取材・編集:小沢あや(ピース株式会社)
構成:伊藤美咲
撮影:青木勇太