コミュニケーションは食で育むーー歌人・俵万智さんのおうちごはん

きのう何作った?

PEOPLE
2021.03.12

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歌人の俵万智さんは1986年のデビュー以来、食に関する歌をたくさん詠まれています。最新作「未来のサイズ」では《昼食のカレーうどんを啜りつつ「晩メシ何?」と聞く高校生》《「ほめかたが進化しており「カフェ飯か!オレにはもったいないレベルだな」》など、息子さんとの関係性が微笑ましい歌も。食を通したコミュニケーションのコツや、俵家のおうちごはんについて伺いました。

お話を伺った人:俵万智さん

1962年大阪府生まれ。歌人。《「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日》など数々の短歌を詠む。近著に『未来のサイズ』(角川書店)ほか。

実験と失敗こそが料理の楽しさ

ーー俵さんといえば「サラダ」。SNSに投稿されているサラダの写真も本当においしそうで、「サラダって、こんなにバリエーションがあるんだ!」と、気づかされます。いつも、どうやってレシピを思いつくんですか? 

基本的には、冷蔵庫にある素材で作るのが好きです。レシピをもとに必要な材料を用意することはなくて、旬の食材や地方から届いたもの、ご近所さんからおすそわけされた野菜を、いかにおいしく食べるかを考えることが多いですね。

サラダを投稿すると必ずバズる、俵さんのTwitter

サラダって、野菜、塩味、油があればいいから手軽ですよね。油も、ごま油かオリーブオイルか、ニンニク油かで味も変わってくる。酸味をプラスするときも、バルサミコ酢かポン酢か……と、組み合わせは無限大。逆に、まったく同じものは作れないですよね。

ーー湯引きしたレタスを、すき焼きの割り下とバルサミコ酢とケチャップで味付けしていたのも印象的でした。予想外の組み合わせです。どうやって思いついたんですか?

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うろ覚えだけど、前日の晩ごはんがすき焼きだったんじゃないかな(笑)。「余った割り下がもったいないから、活用しよう!割り下は甘辛いから、バルサミコ酢の酸味と相性がいいかな?」とか。そんな感じで作った気がします。それが、結構おいしくって。

ーー味の計算式をベースに、工夫しているんですね。

おうちごはんはね、自由で良いんですよ。失敗しても、自分が責任取って食べればいいんだから(笑)。それが自分で料理する楽しさですよ。

ーー昔から食に関する歌をたくさん詠まれていますよね。もともと、俵さんは食への関心が強いんですか?

そうですね。生きていく上で、食はすごく大事な柱だと感じています。もともと食べることは大好きで、大学受験のときも、文学が好きだから文学部に進学したけど「女子栄養大学に行きたいな」って考えた時期があったくらいなんです。今でも、食卓に並ぶメニューを見れば、だいたいのカロリー計算が出来ます。

ーーカロリー計算できるなんて、すごい!一生モノのスキルですね!

母も祖母も料理が好きだったので、その影響もあるかもしれませんね。自分の短歌も圧倒的に、衣食住でいえば、食の短歌が多いと思いますね。『サラダ記念日』とか『チョコレート革命』とか、タイトルにも食が入っているぐらいですから。くいしんぼうですね(笑)。

ーー日常的な食に関して、ポリシーはありますか?

子どもが生まれてからは、「食が体を作るんだ」と、強く意識するようになりました。ポリシーというほどのものでもないけれど、なるべく旬の食材を取り入れようとは思っています。身近な食材をおいしくいただくのが、結果として一番体にはいい気がしていますね。

高2の息子さんとの食を通じたコミュニケーション

ーーSNSを見ていると、高校2年生の息子さんも料理を楽しんでいる様子が伺えます。調理方法は、息子さんが自然に身につけていったんですか? 

お好み焼きを混ぜたり、餃子を包んだり、小さい時から、簡単に楽しくできる作業は手伝わせていましたね。小学生の頃は本当に下手くそで、餃子もぐちゃぐちゃだったんだけれども、今では私が包んだものと区別がつかないくらいに上手になりました。自分用に肉がパンパンに入った餃子を作っていることもあります。遊びの延長のような感覚で、楽しんでいるんでしょうね。

ーーまさに、最新歌集『未来のサイズ』にも《手伝ってくれる 息子がいることの 幸せ包む 餃子の時間》という歌がありましたね。

息子もゆくゆくは一人暮らしをすると思うので、将来を見据えてか、積極的にいろいろ覚えようとしているみたいです。家では基本的に私がごはんを作りますが、「自分で食べるものは自分で作りたい」という意思が、自然に芽生えたようですね。

ーー息子さんの褒め言葉のレパートリーも個性的ですよね。

おいしいものにありつくために、母の料理を褒めようという魂胆もあるんでしょうね(笑)。褒め言葉を工夫すると、相手に対する敬意にもなるし、深いコミュニケーションにも繋がるんですよ。

ーーただ「おいしい」だけじゃなくて、褒め言葉のレパートリーを増やそうと意識すると、語彙も増えますよね。

「どこの野菜?」とか「調味料、何か特別なものいれた?」とかも、会話が広がりますし、私も張り合いがあるんです。食をきっかけに、上手くコミュニケーションできている気がします。

ーー本当に仲のいい親子ですね。

息子は中学から全寮制の学校に入ったので、反抗するタイミングを逸した感じはあります(笑)。小学校までしか一緒に過ごせなかったので、反抗期よりも先に親のありがたみや、離れる寂しさがきてしまったのかもしれないですね。

ーー《シチューよし、高菜漬けよし、週末は五合の米を炊いて子を待つ》と、長期休暇に帰省してくる息子さんを待つごはんの歌も印象的でした。

息子が小さい頃は絵本がコミュニケーションツールになることが多かったんですが、今は一緒にごはんを食べているときが、一番会話が弾むんです。普段何食べているかとか、友達の話をしているときも「あいつは甘いもの無限に食うんだよ〜」なんておしゃべりしていることもあります。

ーー作ったことも聞いたこともないメニューも、息子さんからリクエストされたらチャレンジしますか?

作りますよ。逆に作ったことがない料理の方が燃えます。でも、小籠包はすごく面倒くさかった〜。知っています?食べるとき、ちゅっと汁が出てくるじゃないですか?あれ、スープをゼラチンで固めるんですよ!それで包んで蒸すと、ゼラチンが熱で溶けて、汁が出るという。

ーー小籠包を家で……!まず、作る発想がありませんでした。ゼラチンが入っているの、知らなかったです。

息子に「小籠包を食べたい!」と言われて、よし、作ってやろうと思って安請け合いしちゃったんです(笑)。「餃子や焼売みたいな感じで、簡単なのかな?」と思ったら、意外と大変でしたね。たまにくる無茶振りも、それはそれで楽しいです。

育児中こそ「手抜き」が大事

ーー毎日手作りのごはんを楽しんでいる俵さんですが、息子さんが小さい頃は大変な時期もあったのではないでしょうか。育児中のおうちごはんは、どうしていましたか?

料理は好きだけれど、何もかも手作りでするタイプではなくて、とにかく無理をしないようにしていました。離乳食を厳密にやっている人もいたけど、私は料理が苦行になるのが嫌だったんです。必死に作ったのに、子どもが食べないと腹立つじゃないですか。だからこそ、育児中こそ手抜きが大事だなと思っていました。食以外にも、大変なことがたくさんありますからね。

例えば離乳食でいえば、私の母のアドバイスが印象的でした。「昔はベビーフードもなかったけど、離乳食を作りもしなかった」と。毎日作る味噌汁の具の一部をすりつぶして、適当に食べさせていたというんです。あぁ、そうか、大人の食べるものを食べやすく、砕くなり、すりつぶすなりすればいいんだなと気づいたんです。

ーーなるほど、それなら小さなすり鉢だけで簡単にできますね。

あまり厳密に考えず、「自分の食べるものからいかに離乳食を生み出せるか」を考えてましたね。極端に重荷に感じたり、ちゃんとやろうとしたりすると、ストレスになってしまうと思います。気負わないのがいいのかな。

 自分時間で育児も楽しむ「宅飲み」の流儀

ーー俵さんは、お酒もすごく楽しまれていますよね。料理を作りながら、お酒飲んだりするんですか?

しますします。めちゃめちゃする〜!

img_nanitsuku_016-02.jpg大好きなお酒の話に、笑顔でノッてきてくれた俵さん

ーーどういう風に仕事と育児と自分の楽しみのバランスを取っていますか?

「バランス」というと、3つとも全部別軸でしっかりやらないといけない気がするけど、人生って、それぞれが重なっていると思うんですよね。私も、「自分の時間がなくて大変でしょ」ってよく言われたんですけど、「自分の時間」が「育児」に奪われていると考えると、すごくつらくなっちゃう。

ーーたしかに、自分がなくなっちゃう気持ちになることはあります。

でも私は、「自分の時間がたくさんあったとしても、この子どもと過ごすだろうな」って思うんですよね。自分の時間を子どもと過ごしていると考えれば、すごく楽しめるんじゃないかなって。

ーーそして、「おうちで子どもと過ごしながらお酒を楽しむ」という方向に?いつもおうちでおいしそうなアテを作って、お酒を楽しんでいらっしゃいますよね。

そうそう。私が自宅でよくワインを飲んでいるから、息子は小さい頃、すべての飲み物を「ワイン」と呼んでいました。飲み物があると、「ワイン!ワイン!」って、指差して言ってたの(笑)。「これはまずい、何か勘違いしている!」と思ったけど、かわいかったですね。

ーーかわいいです。「飲み物=ワイン」(笑)

子どもの言葉の観察になったし、楽しいんですよね。自分時間と育児のバランスを取るより、ごちゃ混ぜの時間を楽しんだらいいんじゃないかな? 

 地域の野菜で繋がりを楽しむ

ーー俵さんは直近数年間だけでも、仙台・石垣・宮崎とお引越しをされていますね。地域の食材も、それぞれ楽しんでいる様子が伝わっています。

そうですね、石垣島に住んでいた頃は、本当に謎の野菜がいっぱいありました。スーパーに行っても、見たことがない野菜がたくさんあって、面白くて。近所のおばあに聞いてみると、よろこんで調理方法を教えてくれる。やっぱり食の話なら、どんな人でも会話が弾みますよね。

ーー石垣島で出会った、見たことがない野菜って、どんなものですか?

一番驚いたのは「オオタニワタリ」という、食用のシダ植物。日本では観賞用として有名なんですが、めっちゃおいしいんですよ!私は炒め物にして食べていたけれど、居酒屋では天ぷらにして出しているお店もありました。あとは、四角豆(シカクマメ・うりずん豆)やフーチーバー(よもぎ)などなど。スーパーに行くと珍しい食材だらけで、むしろレタスとかピーマンなど見慣れた野菜があまりないんです。

ーー石垣島は、生態系も独特ですものね。これまでいろいろな土地に住んできた俵さんですが、忘れられない食材はありますか?

仙台に住んでいた時は、セリが素晴らしかったです。みなさん、根っこまで食べるんですよ。爪楊枝でしっかりと泥を落とさないといけないので、私は主にお店で食べていました。セリ鍋は、季節の楽しみでしたね。《鴨鍋の主役は芹(セリ)と思う夜 名取(なとり)の芹は根っこが美味い》という歌を、Twitterで詠んじゃったくらい、セリが大好きなんです。

ーーセリ鍋、たしかに関東だとあまり馴染みがないです。今お住まいの、宮崎ではどうでしょうか?

アボカド「ひなたプリンセス」も応援しているし、伝統野菜の「佐土原なす」も好きです。江戸時代から宮崎県・佐土原町を中心に生産されていたけど、とにかく大きいし、流通に向かないという理由で作られなくなっちゃった品種なんですよ。わずかに残っていた種から、農家さんが復活させたんです!焼きナスにすると、めちゃくちゃおいしいです。

ーー俵さんは、野菜の品種や歴史も調べるんですね。

はい。野菜の生産者さんに会うのも大好きです。「ひなたプリンセス」は、宮崎空港でたまたま見つけて買ったら、すごくおいしくて感動したんです。

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マンゴーの次は「ひなたプリンセス」!と、応援中なのだとか

知人に生産者さんを紹介してもらい、お話を伺ってから、すっかりファンになりました。いろいろ興味を持って行動すると、世界が広がりますね。

 調味料は惜しまず投資

ーー普段から、調味料もこだわっていらっしゃいますよね。Twitterでフォロワーさんにおすすめを聞いたり、地方からお取り寄せしたり。

調味料は、味の基本ですよね。多少高くても、1回分に換算すると大した値段の違いじゃないと思うんですよ。少しの投資で満足度が格段に上がるので、気に入ったものを買うようにしています。

ーーおすすめの調味料はありますか?

Twitterのフォロワーさんに教わったんですが、東京の離島・小笠原の「小笠原フルーツガーデン 薬膳島ラー油」!程よいクセと辛味があります。それから、福島精肉店の「極上スパイス喜」。肉屋さんが出しているアイテムで、肉の下味をつけるときに使うんですが、これほどなんでもあうスパイスはないので、常備しています。通販でも買えるみたいなので、調べてみてください。

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台所から調味料をとってきて見せてくれた、サービス精神あふれる俵さん

「戸村本店の焼肉のたれ」は宮崎県民の必須アイテムだし、熊本の「とまとケチャップ」も重宝しています。

ーー有益情報、ありがとうございます!俵さんは、日々料理することで、作品にポジティブな影響がたくさんありそうですね。

机に向かって短歌を作ることはまずないですからね。買い物の時点から、刺激をもらっています。八百屋の店先で、「ああ、白菜が元気そうだ」と思ったら、白菜の歌ができる。炒め物をしている時の音が「にわか雨みたいだな」と思って詠んだ歌もあります。食卓でおいしいものを分かち合ったよろこびも。どんなに小さくても、心が揺れたときに歌を詠むのが、丁寧に生きることに繋がるのかなと思います。

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取材・構成:小沢あや
文:五月女菜穂