パパのさんかくパン。
アイスムとnoteによる投稿コンテスト第五弾では「料理はたのしい」「料理の失敗談」をテーマにエッセイを募集し、三名の受賞が決定しました。
今回は、男の子3人を子育て中のアツさんのエッセイです。家族のためにたまにアツさんが作るという「さんかくパン」。『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』という映画の中で「グリルドチーズトースト」として出てくるこのパンは、作るのに結構時間と手間がかかるそう。それでもアツさんが作り続ける理由に、「料理はたのしい」が、つまっている気がします。
「パパのさんかくパンが食べたい!」
たまに子どもからリクエストされる朝ごはんがあるんです。
うちの子どもたち(元気が良すぎる8歳・8歳・4歳の男の子)は食にあまり興味がなく、あれが食べたいと言うことはめずらしく、ましてや僕が作るものを指名してくれることなんてほぼありません。
だけど、「さんかくパン」だけは指名してくれるんです。
さんかくパンとはなにか?
それはチーズをたっぷり挟んだグリルドチーズトーストのことです。
妻もこれが好きで、たまにリクエストしてくれます。
家族が喜んでくれると思うと、張り切って作ってしまうんです。特に妻からリクエストされてしまうと。
たぶん、このグリルドチーズトーストが僕と家族との距離を埋めてくれているんだと思います。
そして、同時に僕に「生きやすさ」も与えてくれているようです。
僕がこのトーストを知ったのは、ある映画がきっかけでした。
腕は確かだが、雇われであるため自由に料理を作れず、葛藤を抱えている(夫婦関係や親子関係も問題だらけの)中年男性シェフが、自らのアイデンティティの確立を求め、キューバサンドイッチのフードトラックで全米を回るという映画です。
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』というその映画では、とても印象的なシーンがあります。
妻と離婚した主人公は息子と離れて暮らしているのですが、週に一度だけ、息子が彼の家に泊まりに来ます。
その時、主人公が息子に振る舞う朝ごはんがこのグリルドチーズトーストなのです。
これ、実はめちゃくちゃ手が込んでいるんです。
ただのトーストなのに、まるで三ツ星レストランでの料理のように慎重に料理をします。
それを息子が一口食べて「パパ、これおいしいよ!」と驚くのですが、主人公としてはおいしいのは当たり前なので「ああ、そうだろ」としか言わないんです。
ああ、これが作りたい!息子に「パパ、おいしいよ!」と言われたい!
映画の影響で僕はすぐに同じトーストを作り始めました。
最初はなかなかうまくできませんでしたが、何度も作るうちにそれっぽいものが作れるようになってきました。
自分でもなんでこんなにグリルドチーズトーストを作り続けるのかよくわかっていなかったのですが、考えてみると理由は二つあるようです。
一つは、自分が完全にコントロールできるものであること。
誰かに指図されることはなく、完全に自分の好きなように作れます。
実生活では、会社の方針に従って働かないといけません。自分の好きなように働きたいのだけど、それはできない。
その不自由さから解放してくれるのが料理だったんです。
料理ならば(たかがトーストであっても)、僕が好きなように行動できる。誰からもコントロールされることなく、自分の世界を作ることができる。
それが単純に心地よかったのだと思います。
実生活ではままならないことが多いけれど、料理ならば僕は自由になれる。
そう、僕は自由が欲しかったんだと思います。
これを作り始めた頃、上の子たちは2歳くらいだったと思います。
子育ては大変でしたし、仕事も転職したばかりでがむしゃらに働いていました。ストレスが多く、息抜きができるものを探していたんだと思います。
もう一つは、妻と子どもたちがめちゃくちゃ喜んでくれることです。
正直言って作るのに時間がかかるので、僕は一人の時にこれを作ることはありません。
妻と子どもたちのためにしか作りません。
僕は単においしいものが食べたいんじゃなくて、妻と子どもたちが喜ぶ顔が見たいのだと思います。
彼らが嬉しそうにトーストを頬張り、口に入れた瞬間「んー!」と声を上げるのを聞くと、もうたまらなく嬉しくなります。
それは、間違いなく、僕の幸せなんです。
誰かのためにグリルドチーズトーストを作ることが、僕の幸せなんです。
食パン2枚、チーズ、ハム、卵、バター。
たったそれだけの材料で構成される単純な料理。
だけど、このグリルドチーズトーストを作ることで、僕は誰かのために生きる喜びの片鱗を味わったような気がします。
自分のためじゃなくて、誰かのために何かをする。誰かのために生きるというのは、悪いことじゃないな。ちょっとした幸せを運んできてくれるんだなって、このトーストに教えてもらった気がしているんです。
単純だけど奥の深いグリルドチーズトースト。
大げさかもしれないけど、これを作るたびに僕は、「生きやすさ」と「家族のために生きる喜び」を感じます。
今週末、久しぶりに作ってみようかな。
アツさんのnoteはこちら