春のホットサンド

晴れでも雨でも食べるのだ。 #34

LIFE STYLE
2023.03.16

食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」夫さんから、ホットサンドメーカーをプレゼントされた奥村さん。あったかいホットサンドがある毎日、とっても楽しそうです。


ホットサンドメーカーを手に入れた。使っている人の動画などを見て何年も前からいいなと思っていたけれど、あれこれと理由をつけて買わずにいたら、ある日Amazonから送られてきた。プレゼント包装がされていて、贈り主は夫だった。

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近ごろの朝ごはんは、2日に1回はホットサンドだ。目覚めたら冷蔵庫に直行し、ベーコン、レタス、卵、チーズなどの具材を取りだす。ホットサンドメーカーを温めたらバターを塗って、卵を薄く広げて焼く。そのあいだに食パン2枚にマヨネーズと粒マスタードをさっと塗り、1枚には具材をのせ、もう1枚を重ねたらぎゅぎゅっと押す。

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それをホットサンドメーカーに挟み、コンロに火をつける。しばらくすると、じゅわじゅわっというおいしそうな音がして、パンが焼けるこうばしい香りが漂ってくる。両面を1、2分ずつ温めて、きつね色になったら完成だ。

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さくりと半分に切って熱々のサンドをアルミホイルに包んだら、片方は夫の通勤鞄に入れ、もう片方は皿にのせる。こうして二人分の朝食ができあがる。

ホットサンドメーカーを手に入れるまで、私はサンドイッチを作ったことがなかった。もともとごはん派で、食パンも焼いたもののほうが好きだから、わざわざ作ろうとは思わなかったのだ。

それに、ピクニックに行くならまだしも、家ではわざわざサンドする必要がない。ジャムもチーズも、食パンにのせれば十分だった。パンにいちいちマヨネーズを塗ったり、具材をいくつも用意したり、食パンの角を切ったりするのもめんどうに思われた。

そんなわけで、私はホットサンドメーカーのある暮らしに憧れを抱きつつも、買うのをずっと渋っていた。サンドイッチは作らないけどホットサンドなら作るなんてことがあるのだろうかと思ったし、なにより、自分を信頼していなかったのだ。めんどくさがりかつ飽き性だから、物めずらしさではじめのうちは使っても、三日坊主で終わってしまうのではないかと考えていた。

そんな私のもとに、ひょいとやってきたホットサンドメーカー。しばらく放置していたのだけど、重い腰をあげて使いはじめてみたら、天才的な調理器具だとわかった。いいところを挙げはじめたらキリがない。

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なんでも挟めて、すぐできて、あったかい。肉汁も野菜の旨味もとじこめて逃さない。好きなものを詰め込んでぎゅぎゅっとパンを押すとき、今の自分の気持ちもそこにまるごと入っていくような気がして、なんとなくすっきりする。

外側はカリッと、内側はふわっと。食感もよく、見た目もぱりっと美しい。包丁で切ってもくずれにくく、食べるときも具材がこぼれにくい。そしてなにより、パンの間に具材を挟んで焼いただけなのに、なんだろう、謎のスペシャル感がある。

夫が鞄に入れて持ち運ぶ朝食としても、小さな子ども並みに食べこぼしが多い私のごはんとしても、気分を変えたい日のおやつとしても、ホットサンドは最強の食べものだった。

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ホットサンドは、自由なところがいい。辛いものも甘いものも酸っぱいものも、なんでも受け入れて温めて、じゅわりとおいしくしてしまう。

わが家の定番はBLTサンドだ。ときどきベーコンをハムやソーセージ、夕飯の残りのチキンソテーに変える。アボカドを入れたり、オーロラソースを塗ってみたり、ちょっとずつ変化を加えているから、今のところ飽きてはいない。

昨日は初めて菜の花を入れてみた。オリーブオイルで炒めた菜の花に、ベーコン、卵、チーズ。基本はいつもと同じ具材だけど、やっぱり菜の花はすごい。パッと目を引く緑色と、エネルギーに満ちた香り。一気に春の食べものになった。

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ひとくち食べると、爽やかなほろ苦さと甘みがじわじわと口の中に広がる。これをおいしいと感じられることは、大人の特権だと思う。

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おやつにしたいときは、ジャムサンドが手軽だ。最近はよく、ラフランスジャムやさくらんぼジャムをたっぷりと入れている。

カリカリのパンの間から湯気が出てきて、作りたてのように熱々のジャムがとろりともれてくるのがたまらない。ホットサンドの「ホット」の部分を最大限に生かした料理だと思う。

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今朝も私は、朝起きてすぐにホットサンドメーカーを握った。ふだんはパンダのように動きがトロい私だけれど、ホットサンドを作っているときはなかなか素早い。夫の出勤時間までに仕上げなければならないからだ。

ホットサンドを作る時間だけを見積もってぎりぎりに起きているから、調理中はひとつも気が抜けない。「お願いだから早く焼けてちょうだい!」と念を送りながら焼いている。その横で夫は顔を洗ったり着替えたり、彼もまた電車に間に合うようにせかせかと動いている。

もう行くよ。

玄関から声がして、慌てて火を止める。タイムリミットが目の前まで迫ってきても、私はパンがきれいな色に焼けるまで粘っているのだ。

よし、ちゃんと焼けてる。

できたて熱々のサンドを急いで手渡す。ひらいた玄関ドアから真珠色の光がさしこんできて、春がきたぞ、と思った。

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