おいしさ発見。ご当地アンテナショップの旅
食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、旅好きな奥村さんが最近出会ったお気に入りスポット、「アンテナショップ」について。読むとアンテナショップと、そして旅に行きたくなります。
旅が好きだ。旅で出会う光や音や匂いや味、そのすべてに恋焦がれている。
電車やバス、あるいは飛行機に乗ってたどり着いた先で、初めてその土地の空気に触れる瞬間の高揚感ったらない。できるものなら、隔週くらいのペースでふらりと遠くへ旅に出て、いろんな街や山や海の風を感じたい。
けれどもあちこち出かけるお金もないし、ここ数年は旅行自体のハードルが上がってしまった。計画していた旅行を断念したこともある。
そんな状況で、私はずっと悶々としていたのだけど、最近ついに、出会ってしまった。心のコップからあふれそうな欲求をそっとすくいとってくれる、慈悲深いスポットに。
地方自治体のアンテナショップである。
わが家では、空前のアンテナショップ旋風が巻き起こっている。
キッチンに吹いた、ご当地の風
東京都内には、なんと62店舗ものアンテナショップがある(※)。北は北海道、南は沖縄まで。中には離島産の食品をセレクトしたショップまであり、その気になれば、日本のほぼ全域の特産物が手に入ってしまう。
道の駅や高速道路のサービスエリアで感じる、あの新しいような懐かしいような胸のときめきを、いたるところで疑似体験できるのだ。
私がアンテナショップに行くようになったきっかけは、夫に訪れた日本酒ブームだ。私の地元富山と、これまで登山や旅行で何度も訪れた福島。この2県の日本酒を愛飲する夫が、アンテナショップで地酒を購入するようになった。
特に「日本橋ふくしま館 MIDETTE(ミデッテ)」は、日本酒好きにはたまらない場所らしい。「全国新酒鑑評会 金賞受賞数8年連続日本一!」の横断幕が掲げられた地酒コーナーは、まるで都会の高層ビル街。数えきれないほど多くの日本酒が林立している。
「福島の日本酒はなんでもうまい!」
このコーナーに出会って福島の日本酒に魅せられた夫は足しげく通うようになり、私も一緒に見に行くようになった。食事コーナーで喜多方ラーメンと地酒3種飲み比べを注文すれば、天国のようなお昼を過ごせる。
日本酒以外に購入するのは、果実ジャムや地元メーカーのお菓子や乳飲料、馬刺しなど。旅行では持ち運びが難しい要冷蔵品も、電車でふらっと行けるアンテナショップでなら気軽に買える。
同じスーパー、同じメーカー。見慣れた商品ばかりが並んでいた我が家のキッチンと冷蔵庫に、ご当地の風が吹き込んできた。
瀬戸内旅行のリベンジ
私は欲深い生き物だ。福島のアンテナショップで買い物の楽しさに目覚めると、別のショップにも行きたくなった。いや、もはや、都内のアンテナショップを全部回りたくなってしまった。
そこでまず行ってみようと思ったのは、夏休みに旅行を断念した瀬戸内地方のアンテナショップ。リベンジとして、新橋の「香川・愛媛 せとうち旬彩館」を訪れた。
香川といえばうどん、愛媛といえばみかん。小学校の社会科で習う程度の浅い知識しか持ち合わせていなかった私にとって、そこは博物館のように好奇心を刺激してくる場所だった。食品の種類もメーカーも山ほどある。時間もお金も足りるだろうか?
讃岐うどんを見れば、いつかテレビで見た大盛況のうどん屋が、オリーブオイルを見れば、いつか写真で見た美しい小豆島と海の風景が思い浮かぶ。柑橘類のジュースやドライフルーツを見ると、のどかな果実畑が広がる丘が心の中に現れた。本当に旅のおみやげを買っているような気分になってくる。
醤油豆、和三盆、五色そうめん、鯛めし……。どうしよう、全部買いたい。
泉のように湧き上がる物欲と葛藤しているうちに1時間以上が経過し、気づけばカゴはいっぱいに。その日から1週間を「せとうち週間」とし、香川と愛媛の食品を楽しみ続けた。
讃岐うどん、だし醤油、和三盆、イワシのオイル漬け、松山あげ、じゃこ天……。産地を地図で確認したり、食品の歴史やおいしい食べ方を調べたりしながら、少しずつ味わっていく。
今日のおやつはこれ、明日のおやつはこれ。
そんな未来の楽しみがあるだけで、仕事や家事もほんの少しだけ楽しく思えるような気がした。
結果、現地に行ったわけではないのに香川と愛媛への親しみが募り、旅行のリベンジになるどころか、ますます旅行に行きたくなってしまった。
地域とのつながりを知る
アンテナショップの旅はその後も続き、最近は三重県の食品をよく食べている。
うどんなのにコシがなくて味が濃いことが特徴だという伊勢うどんと、コシがある讃岐うどんを食べ比べてみたり。
田舎あられにお茶やお湯を注いで食べる「あられ茶漬け」というソウルフードに挑戦してみたり。
伊勢の国で常備薬として600年の歴史を持つ「萬金丹(まんきんたん)」という薬に由来する、ちょっと体に良さそうなクラフトコーラを飲んでみたり。
こんな風に買い物をしていて特におもしろいのは、各地の食文化や歴史、産業に関する知識がちょっとずつ増えていくことだ。
知れば知るほど、その土地について何も知らなかったことに気づき、奥深さと多様性にハマっていく。これまで意識していなかったことが、どんどん気になるようになる。食べて調べるうちに、いつのまにかその県が好きになっている。
たとえば、なぜ伊勢うどんにはコシがないんだろう?と思って調べてみると、「伊勢参りに訪れる客に消化のいいものを食べてもらうため」「すぐに出せるように茹で続けても問題のない麺にしたため」といった説が出てきた。
へえ、薬が有名なんだ!と思って調べてみると、「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹」という俗謡で親しまれ、江戸時代に伊勢参りのおみやげとして全国に広がったことを知った。地元富山との共通点に親近感を覚えた。
いつも食べている食品のルーツを知って、そうだったんだ!と驚く場面もあった。
香川と愛媛のショップでは、スーパーでよく買う「かどや」のごま油が小豆島で製造されていることを知り、三重のショップでは、私の大好きなあずきバーやたい焼アイスを生産する井村屋が三重県の会社であることを知った。
自分が口にしている食品が、どこでどんなふうに生まれ、どんな歴史を歩んできたのか。どうやって作られているのか。
調べて想像してみると、自分の食生活が何か特別なもののように思えてくる。日本各地の風土や人々によっておいしい時間が支えられていることを実感できる。
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ここまで読んでくださった方はお気づきかもしれないけれど、ご当地グルメをたくさん食べるうちに、私はますます旅に出たくなってしまった。
アンテナショップは旅や食への欲求と知的好奇心を満たすだけでなく、むしろ刺激して肥大させてしまう。そんなおそろしい場所でもあるのだ。
せっかく日本に生まれたのだから、生きているうちに自分の足で、たくさんの土地をめぐりたい。現地の空気を肌で感じたい。
これからもアンテナショップに通い、いつか実現するかもしれない旅の予習を進めることにしよう。