暮らしになじむ、福島の味。
食べものや飲みものにまつわるあたたかな記憶とその風景を、奥村まほさんの言葉で綴るエッセイ「晴れでも雨でも食べるのだ。」今回は、夫婦で福島を訪れた奥村さんが、その旅先で買ったもので彩る食卓のお話。「続・会津の旅」と名付けられたその食卓には、どんな物語が詰まっているのでしょう。
今、我が家の食卓は、福島産の食材であふれている。福島の米、福島の酒、福島のそば……。どれも旅の道中に購入したものだ。
最近の食卓に名前をつけるとすれば、「続・会津の旅」。旅はその最中ももちろん楽しいけれど、現地の風景を思い出しながら家でおみやげを楽しむ時間もまた、この上なく楽しい。旅の醍醐味だと思う。
今朝も、会津米が炊けたことを知らせる炊飯器の音で目が覚めた。ひんやりと冷たい初冬のキッチンを温めるようにして、まっしろな湯気がゆらゆらと立ち上る。
11月の初め、福島県の南会津地方を訪れた。福島県に足を運ぶのは、昨年の紅葉シーズンに家族で安達太良山(あだたらやま)に登って以来。今回はひとりで東武鉄道の特急リバティ会津に乗り、先に現地に赴いて山に登っている夫と合流することになった。
特急に乗っていると、ビルや住宅でカクカクしていた街の風景がみるみる丸く平たくなっていき、さらにはぐんぐん山が深まって、水彩絵具を塗り重ねたように潤いのある色彩が増えていく。同時に、空気の透明度は増していく。早く外に出たい、ここで深呼吸をしたらどんなに気持ちいいだろう、と思う。
深緑から黄緑へ、黄緑から黄金色へ、黄金色から紅色へ。衣替えをしていく山々を眺めていたら、2、3時間なんてあっというまだ。
駅の改札を抜けて外に出ると、紅葉した山々が立派な面を構えていた。夫が運転してきた車でドライブすると、美しい日本画の中に吸い込まれてしまったかのよう。
山との距離がとても近く、CGなのではないかと疑いたくなるほど壮大な景色が次々と目の前に迫ってくるので、ただただ圧倒されるばかりだった。
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私が福島に愛着を感じるようになったのは、山が好きな夫に連れられてハイキングに行くようになってからだ。
福島には、たくさんの山がある。昨年登った安達太良山をはじめ、磐梯山(ばんだいさん)や会津駒ヶ岳(あいづこまがたけ)など7座もの日本百名山があり、東北でもっとも百名山が多い県だ。
「遥かな尾瀬〜♪」と唄う『夏の思い出』の歌詞でおなじみの尾瀬も、福島・群馬・新潟の三県にまたがる高原地帯。5年前に夜行列車に乗って初めて訪れて以来、山々と湿原が織りなすのどかで清らかな風景に私は幾度となく癒されてきた。
そう。福島の地では、自然が主役。空気は澄みわたり、おだやかな時間が流れ、人々のそばにはいつも、厳しくもやさしい雄大な自然がある。
都会で暮らしながらも都会があまり得意でない私たち夫婦は、日本の原風景が散りばめられた土地で静かに過ごす時間を求め、毎年福島を訪れている。
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福島は美しい風景を眺めるだけでも十分に行く価値があるけれど、魅力はもちろんそれだけじゃない。
山も海もあり、自然豊かな福島は、食べものがとにかくおいしい。なにを食べてもおいしい。しかも、温泉地数が全国4位だ。
山に行ったら、麓の温泉にゆっくり浸る。それからおいしいごはんを堪能する。登山をするにも旅行をするにも、そこまでが必ずセットだ。
そんなわけで、今回の旅でも温泉に浸かり、山菜や郷土料理を食べ、おいしいおみやげをたくさん連れて帰ってきた。
道の駅で注文した会津米(会津産コシヒカリ)30キロは、しばらくしてから宅急便で家に届き、キッチンの隅で異様な存在感を放っている。
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現在自宅で開催している「続・会津の旅」の一日は、こんな感じだ。
朝起きたらまず、炊き立ての会津米で夫が職場に持っていくおにぎりを握る。ついでに自分の分も握って食べる。しっかりした米の粒感とふくよかな甘みが口に広がる。
おやつの時間には、はちみつと青きなこを楽しむ。
カリカリに焼いたフランスパンにはちみつをとろーっと垂らして食べたり、ホットミルクにはちみつと青きなこを溶かし、会津本郷焼のマグカップに淹れて飲んだり。
福島に限らず、山に出かけた際には純粋はちみつをよく買うのだが、今回手に入れた南会津町産のはちみつは、これまで食べたなかでも特においしくて気に入っている。なめらかさ、濃厚さ、美しさ。どれをとっても、「私こそが本物です」と訴えかけてくるような凄みを感じるのだ。
そして夜。
夕食時には、地元の酒屋で購入した秋限定の日本酒を夫がじっくりと嗜み、夜眠る前には、ふたりで蕎麦茶を飲んでほっと一息。安らぎの時間が訪れる。
特にこの蕎麦茶は、はちみつと同じく我が家のヒット商品で、ほとんど毎晩飲んでいる。なんといっても、香りがいい。お湯を注いだらもう、焼き立てのおせんべいのような香ばしい匂いが鼻腔にふぁーっとやってきて、その香りのために何度も淹れてしまう。会津の蕎麦畑を思い浮かべながら飲めば、心だけは、大自然のど真ん中だ。
こうして私たちは、旅から一ヶ月近く経った今も会津の余韻を楽しんでいる。会津の食材や器は、私たちの暮らしにさりげなくなじみ、もはやなくてはならない存在だ。本格的に、会津なしでは生きられない体になりつつある。
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早朝の、おばあちゃんちの庭の匂い。霧に包まれた山々の、冷たく澄んだ空気。透明な川のせせらぎ。どこまでも広がる田園風景。あったかいごはんの匂い。くつくつと煮立てた出汁の匂い。あまーい蜜の匂い。
記憶の片隅にあり、ふとした瞬間に懐かしくなるもの。恋しくなってしまうもの。
そういうものが、福島の地にはあふれている。
だから、生まれ育った土地ではなくても愛着を感じて、何度も通ってしまうのだろう。帰りたくなるのだろう。
年末年始も福島の食べものを存分に味わって、来年また、夫婦いっしょに福島の大地に会いに行きたい。