かぞくとわたし 第十話「新車を買いにディーラーへ行く」
ご家族との微笑ましいエピソードとゆるい空気感が笑顔をさそう、サカイエヒタさんのエッセイ。
今回は、一家がとある大きな決断をするお話です。
人生のうち、購入するのは一度か二度、くらいの物がある。スポーツカーとベビーカーはその最たるものである。
娘が生後6ヶ月を迎えた。それまで抱っこひもを使用していたのだが、そろそろベビーカーを使おうということになった。しかしわざわざベビーカーを買う必要はない。我が家には、娘が産まれる前からすでに一台のベビーカーがちゃんと用意されていたからだ。
そのベビーカーは、以前とある企画記事で使用した小道具であった。熊のぬいぐるみをベビーカーに乗せて都内を散歩するという奇特な企画のために、2980円のベビーカーを二台購入していたのだ。ほぼ新品なのに処分するのはもったいないので、我が家のロフトに眠らせておいた(もう一台はカツセマサヒコ氏の自宅に保管してある)。
娘をそのベビーカーに乗せ、近所のスーパーへ行く。グリーンの車体は男児向けのカラーリングなのだろうが仕方ない。華奢なタイヤは少々ガタつくが仕方ない。ポケットなど収納部分はひとつもないが仕方ない。そんなこんなで、この安価なベビーカーを数ヶ月使用した。
しかし、とあるショッピングモールで他の親子を見ていた僕はふと気付いた。
あ、うちのベビーカー、もしかしてシンプルすぎるのかもしれない。
周りを見渡すと、なんとも機能的でおしゃれなベビーカーがたくさん走っていた。太いタイヤの三輪ベビーカーや、荷物がたくさん収納できるベビーカー、シュッとしたスマートなデザインのベビーカー。
そんなマシンに乗るベビーたちはみな「お先に」なんて言いたげな澄ました顔で颯爽と我々の脇をすり抜けて行く。我が子のマシンはと言えば、女児らしからぬカラーリングに華奢なボディ、段差のたびに娘の身体が跳ねる、あきらかに安価なベビーカーである。
「君、そんなマシンでのろのろ走らないでくれるかな?」スマートベビーたちの視線がツラい。高速道路で軽トラを運転する僕の脇を颯爽とスポーツカーが追い越して行く、あの劣等感がそこにはあった。
「ねえ、このままずっとこのベビーカーでいいのかな……」
「うん、私もそれ考えてた……」
その夜、我々夫婦はその不甲斐なさを噛みしめながら、主に貯金残高について熱く議論し、ついに新車を迎えることを可決した。早速ベビーカーの大手ディーラー「アカチャンホンポ」へと出向いた。この世には、たくさんの種類のよだれかけとたくさんの種類のベビーカーがあることを知る。僕らはそんな数あるベビーカーを一台ずつ品定めしていった。娘を抱きながらも容易に折り畳めるかどうか、多少の段差には耐えうるか否か、そしてなにより娘の乗り心地はいかがなものか。
こうしてイエローの車体が眩しい、ニューベビーカーが我が家に納車された。それはこれまでの安価なベビーカーとは違い、小回りも効くし荷物もたっぷり収納できるし、スムーズな走りと快適な乗り心地を提供するさまざまな機能がてんこ盛りである。これなら文句ないだろう。
今度の休日は、イエローの新車を見せびらかしにあのショッピングモールへ出かけよう。そしてスポーツカーで颯爽と走るスマートベビーたちに「へえ、君のマシンもなかなかじゃない」と言わせようじゃないか、娘よ。
つづく