【第八話】家族の過ごす場所
ご家族とのあたたかいエピソードと優しい人柄が人気を集めるShin5さんのエッセイ。
新しい季節になるとなぜか、掃除や模様替えをしたくなるものですよね。
Shin5さんご家族も春に向けて模様替えの計画を立てますが、あるものが目に入って…?
ちょっとドタバタ、ほのぼのするできごとを語っていただきました。
4月。窓を開けて心地よい風が入ってくると、ふと、部屋の模様替えをしたくなる。
季節のかわり目や新しいプロジェクトが始まるとき、家具がひとつ増えたとき。節目にあわせて、生活スペースも見直してみたくなるのはどうしてだろう。
「この本棚を、寝室に置くのはどうかな」
「うん、いいね。このテレビ台も移動してほしいな、と思ってたの」
「よし!じゃあ週末は模様替えだね。ほかにも動かしたいものはある?」
「あっ、せっかくだから押入れの段ボールも出しちゃおうか」
「OK!忘れないように、書いておいてもらえる?」
そう言って僕はさっそく広告紙を裏返し、部屋の間取り図を描いて家具の配置を考えはじめる。その隣で妻は、模様替えのタイムスケジュールとお片付けリストをつくりはじめた。
大学生のころから、僕は間取り図が好きだった。
一人暮らしをするならこれくらいの広さがほしいな、友達と一緒に住むならこんなレイアウトが楽しそうだな。あるいは、いつか付き合った女の子と二人暮らしをするならこんな家具を置きたいな、なんてアレコレ考えるのが好きで、不動産屋の前を通るとついつい「今月のおすすめ物件!」と書かれたチラシを持ち帰っていた。
いま住んでいる部屋は、結婚が決まったばかりのころに妻と長男と3人で見つけた。引っ越しの日があまりに待ち遠しい僕は、何度も間取り図をとりだしては眺め、すっかり覚えてしまったくらいなのだ。
越してきた日の夜、広すぎるリビングには何もなくて、家族になるという実感だけがあった。嬉しいような、不安なような、なんだか胸がいっぱいになってしまって、思わずため息がこぼれたっけ。
それなのに、棚やラックが置かれ、カーペットを敷いてソファを置けば、密度が増して、だんだんと生活感が出てくる。かんぺきな理想通りとはいかないが、少し天井が高くて風通しのいい部屋に、ホッと満足したのを覚えている。
そんな思い出話をかわしながらペンを走らせていると、思わず手が止まった。
描いていた間取り図の裏にうっすらと別の間取り図が見える。めくってみると、建売物件の広告紙だった。
「新築・理想の4LDK!駅から徒歩10分。駐車場つき。ペット可」
つい最近、近所の広い空き地に家が何戸か建ったのを思いだした。仕事帰りによく立ち寄るコンビニのすぐ裏手なのに、ほとんど意識していなかった。案の定、広告の隅にはそのあたりの住所と地図が小さく記されている。
「このチラシいつのだろう?」
「最近よく入るね。気になるの?」
「うん。値段はちょっと高いけど広さは理想的だね」
「そうだね。マンション暮らしは気に入っているけれど、一軒家も悪くないかも」
「ほら、収納もとても多いよ」
「本当だ!気になるなら、週末見にいってみようか?」
「うん。そうしよう」
週末の予定は盛りだくさんになってしまった。
僕はもうすっかり「新築・4LDK」の間取り図で頭がいっぱいになってしまい、しばらく浮足立つような気持ちで広告を眺めていた。
次の週末。模様替えの前に、期待していた新築の家を見にいった。
広告に載っていた写真の通り、玄関のとなりに小さな駐車スペースと庭がある。背の高い植木とよく茂った垣根が行儀よく並んでいるのが見えて、少しワクワクした。
担当者に案内されて家の中に入っていくと、音楽が流れていていい香りがする。間取り図の通り、広々として日当たりも良好。どの部屋にもセンスのいい家具が置かれていて、すぐにでも住めそうだ。気をよくした僕は、上機嫌で妻に話しかけた。
「部屋も多いし、光も入る。もうここに引っ越したい」
「気が早いなあ。子どもたちも楽しそうだね」
「2階の風通しはどうかな」
「私はお風呂をみてくるね」
手分けして、みんなで部屋を見てまわる。
間取り図から想像していたよりもずっと魅力のあふれる家だった。寝室はもちろん、ちゃんと子どもたちの部屋もある。もう模様替えなんかやめて、荷物をまとめて引越準備をしようと本気で思っていたが2階に上がり、カーテンを開けて小さなベランダにでると、その考えはすっと消えてしまった。
大きな通りが近いせいか、外が騒がしい。自転車や人々がつねに行き交い、コンビニや郵便局に頻繁に出入りするのがすぐにわかった。
それに、コンビニの換気扇からは揚げ物のいい匂いまで漂ってくる。
室内に戻ると、妻と目が合った。
「お風呂も広かったよ。キッチンもピカピカ」
「そっか、水回りも大事だよね。収納も問題ないけど……」
「ほかに気になるところはあった?」
「そこのコンビニかな」
「近くていいじゃない。ベランダからみえる?」
そう言ってベランダにでた妻は、僕と同じことを感じたらしい。こっちを向いて大げさに耳をふさいだり、揚げ物の匂いがどこからくるのか周りを見渡したりして、おかしそうに笑って僕に話しかけた。
「もう少し考えてみよっか。部屋の模様替えをしながら」
帰宅すると、さっそく部屋の模様替えに取りかかった。
ついさっきまで理想の一軒家と勝手に信じていた物件広告を裏返し、いま僕らが暮らす部屋の間取り図をテーブルに置いた。
その隣に妻が作ったタイムスケジュールとお片づけリストを並べ、新しいレイアウト案通りに家具を順番に動かしていく。
妻はここ一週間の僕の様子を時おり思い出して笑っては「パパ、引っ越しできなくて残念だったね」と言葉をかけてきた。
僕はすこし苦笑いをして、頼まれていた段ボールを押入れから取り出す。
そこには、5月に飾る小さな鯉のぼりと兜人形が入っていた。
まだちょっと早いから、手前の出しやすいところに置いておこう。
模様替えを終わらせたら、さっきのコンビニへ行ってビールとアイスを買ってこよう。