【第七話】家族の思い出
優しい眼差しと穏やかな語り口が人気を集めるshin5さんのエッセイ。
ご家族の思い出を収めたアルバムを眺めることが、奥さまとの大切な時間になっているそうです。
「いま、もしかして“好き”って言った?」
初めてデートをした日の夕方に、そんな言葉を聞いた気がした。
5月、夕陽に染まる海沿いの街。行き交う、恋人たちと家族連れ。
「言ってないよ、バカ」
聞きまちがえたかな?と思って知らないふりをして、そっと手を繋いだ。
そのときふたりで撮った一枚が、妻と僕の最初の写真。
まぶしかったのか、照れくさかったのか、そっくりの表情ではにかんでいる。
よく、妻と並んでソファーに座り、アルバムを眺めて話をする。
ほんの数年前の写真なのに、懐かしいねと頷いたり、こんな写真撮ったっけ?と首をかしげたり。
二人の記憶をたどって、昔と今をいったりきたりしながら笑い合う。
そうしていると、一緒に過ごした思い出がどんどん積み重なって、いまがあるんだなあと感じる。
この日、僕は彼女にどんな言葉をかけたんだろう。
どんな話をして、笑ったりケンカしたり泣いたりしたんだろう。
僕が曖昧にしか思い出せないやりとりまで、妻はちゃんと覚えているからすごい。
「あのとき、きみはすごく生意気だったなー。『俺が家族を守る。幸せにする』なんて言い出して」
「僕、そんなこと言ってた?」
「覚えてないの?散歩中にいきなり立ち止まって私の手を握って、大マジメに言ったんだよ。ちょっと髪が明るくて、チャラチャラしてる若者がさ」
「そっか。それは笑っちゃうくらい生意気だね」
「でも、嬉しかったよ」
ふたりで写っている写真は、一気に僕たちを恋人気分に戻してしまう魔法がある。
こんな風に、あの頃の彼女の本音を思いがけず聞くことができるのも、楽しみのひとつだ。
僕たちのアルバムには、子どもたちの姿がとても多い。
僕と長男がサッカーをする姿。
まだ5歳だったのに、芝生で転んでも涙をこらえていた。
彼女が抱きしめるとやっと大泣きし、そのいじらしさがたまらなかった。
一緒に手をつなぐ写真。
いつの間に撮ったのか、綺麗な夕陽に照らされる僕と長男の後ろ姿が楽しそうだ。
肩車したり、手をつないで走ったりした。
初めて一緒に部屋で寝たときの、寝顔。
丸まって眠る彼女と、そっくりなかっこうで寝息を立てる息子の横顔。ずっと見ていたくて、こっそり撮ったツーショット。
妻と長男と僕の3人で挙げた結婚式の写真。
挙式の前日まで何度もケンカしながら、ウェルカムボードや飾りつけを一生懸命準備した。
サプライズで思わず泣いた二人の写真も、恥ずかしいくらい鮮明に覚えている。
どれも昨日のことのようによみがえってくるから不思議だ。
毎日の忙しさに流されてしまいそうな記憶の一つひとつが、僕たち家族のいまを支えている宝物。
アルバムをめくっていくと、双子の妊娠から出産にかけての時期、写真がちょっと少ないことに気づいた。
「あれ?写真が少ないね」
「あの時は大変だったもの」
「たしか、たくさん撮っていたと思うんだけど…」
「写真はいっぱいあるよ。パパとお兄ちゃん、それぞれ専用のカメラを買って、ふたりで毎日パシャパシャ撮りまくっていたよね」
「そうだよね。ちゃんと現像して、またアルバムに収めていかないと」
思いだした僕が慌ててデータをチェックしていると、妻はいたずらっぽくこう言う。
「子どもたちも大きくなるし、家族も増えるからね。頼んだぞ、専属カメラマン」
大きくなったお腹をなでて笑う妻が愛おしくて、また一枚シャッターをきった。
写真を見ながらゆっくり思い出していく、ボンヤリした僕と、細部まできちんと覚えていて一つひとつ話してくれる、しっかりものの妻。
付き合って、結婚して、家族になっていく風景が、ここにたくさん集まっている。
写しきれなかった思い出も、一緒にいるとたくさんあふれ出す。
もっと写真を撮らないと。
たくさん記録に残さないと。
そして、また妻と一緒に、写真を見ながら話さないと。