〇〇なときは映画に逃げろ!! ~第13回 失恋した時に観たい映画~ 後攻:カワウソ祭「ジョゼと虎と魚たち('03年)」
■1 実らなかった恋と一度は得た恋
ウオオ~~!カワウソです。今回のテーマは「失恋」ですよ!来ましたよ。この世に失恋映画なんて一体何本あることでしょう。はるか昔から、世界中で絶え間なく生まれては消えている恋。映画のみならず、あらゆる芸術作品に昇華されてきた普遍的なテーマです。
失恋と言っても、そもそも恋が実らなかった失恋と、一度は愛し合った人との破局の失恋があります。カワウソがいわゆる恋愛映画でグッとくるのは後者が多いです。2人はいつまでも幸せに暮らす……という結末じゃなくても、素晴らしい恋愛はあるんや!
そうしたストーリーを描いた作品として、15年前にちょっとした話題を呼んだのが『ジョゼと虎と魚たち('03)』です。
©2003「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ
Blu-ray:3,800円+税 / DVD:2,381円+税 発売中
発売元:アスミック・エース
監督:犬童一心
視聴可能サイト:Netflix / dTV ほか
※2018年10月の情報です
前回の「おいしそうな食事」というテーマでも本作を取り上げようか迷ったのですが、やはり本題の「失恋」テーマで紹介したい作品です。公開後すぐ国内外のさまざまな賞にノミネートされたり、この年のキネマ旬報日本映画ベスト4位に選ばれたりと、評判は上々でしたが、カワウソは何となく数年寝かせてから観賞しました。
結果的に、寝かせておいたのは大正解でした。なぜならその間、それなりに大きな出会いや別れがあったので、ストーリーの複雑味をよく噛んで味わえたからです。
今回は頭からお尻までストーリーを掘り下げるので、ネタバレが気になる方は、まずは映画を観てからこのコラムを読むのをオススメします。
ただし、まだ大きな失恋をしたことがない人は、最後まで読んで、この映画を観るかどうか決めてもいいかも?しばらく寝かせると、大失恋後のお楽しみになるかもしれないので……。
■2 軽い男、重い女
さて、早速結論から入りますが、この映画は1組の男女が出会ってから別れるまでのお話です。その組み合わせが、普通の大学生と障害をもった引きこもりがちな女性という一風変わったもの。
主役の恒夫はイケメン学生で、ヘラヘラしているけど女の子に結構モテて、友達やバイト先からもそれなりに愛されている“リア充”です。妻夫木聡(公開当時23歳)が、『ウォーターボーイズ('01)』で見せた可愛さ、無邪気さをそのままに好演しています。
いまや作中に彼が出てくると、どんなサイコ野郎かと不安になるほど悪役が上手い役者ですが、当時はちょっと軽薄なリア充が超ハマり役。とはいえ、この恒夫は女の子を対等に扱うし、無理強いもしません。どこでもマイペースに生きられそうな、ナチュラルさが魅力の男子なのです。
©2003「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ
もう1人の主役、久美子こと「ジョゼ」は生まれつき下半身が不自由で、唯一の身寄りであるお婆ちゃんと質素に暮らしています。世間体を気にされ、ほとんど社会との関わりがなく、人目につかない早朝だけ外を散歩する。それも古びた乳母車に毛布を被せた、奇妙な道中なのです。この不思議な役柄を演じるのは池脇千鶴(公開当時22歳)。独特のベッタリした関西弁を上手に話すので、器用だな~と思いきや、本人が大阪出身なんですね。
恒夫はイタズラされた乳母車を助けたことでジョゼと出会います。長らく世間に触れることがなかったためか、つっけんどんでなかなか心を開かないジョゼ。でも料理がとても上手で、大量の本を読んでいて博識な彼女に恒夫は惹かれていきます。
他にも重要な役どころとして、社会福祉に興味を持つ恒夫の同期、香苗役を頬がぷくぷくで可愛い上野樹里(公開当時17歳)が体当たりで演じています。ジョゼが「ウチの息子や」と呼ぶガラの悪い整備工、幸治役は『GO('01)』『青い春('02)』とグレっぱなしの新井浩文(公開当時24歳)。キャストの実年齢と照らし合わせると、それぞれが正に等身大で演じたことがわかります。
ついでに舞台が関西だからか、芸人の板尾創路やライセンスが出てきたり、実力派の舞台役者がちょこちょこ登場するのも地味な見どころです。
■3 脚本のものすごさ
最初はジョゼを助けたお礼として朝ごはんをご馳走になり、次は野菜のおすそ分け、その次は本を渡しに……と、恒夫はジョゼを訪ねる口実をサクサク作り、遂には2人で散歩に出かけるまで彼女の心をこじ開けていきます。
この映画の感想に結構多いのが「ヘラヘラした恒夫が許せない」というもの。ほんと軽いんですよね。ニヤニヤしてて。でも、体に障害があり、普通でない育ち方をして、ガチガチに心を閉ざしたジョゼを「かわいい女の子」として普通にエッチな目で見られる、健康な心を持っている。軽薄さはひょいっとジョゼの世界に上がりこむフットワークの軽さに繋がっていて、ジョゼたちの家のバリアフリー化工事をグイグイ勧めちゃう。かわいそうとか、深く考えない男ならではのファインプレーなんですよね。
©2003「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ
対してジョゼの方も、お婆ちゃんに言われたような「こわれもの」の弱い人間ではありません。ずっと夢だったという、この世で一番恐いものを好きな男と見る=恒夫と動物園で虎を眺めることを叶えたとき、ジョゼはなぜか恒夫に向かって「ウチに感謝しいや」と発言します。
動物園まで連れてきてもらったとはいえ、特別な体験を共有することの価値は対等です。この視点は結構すごい。ここで、ジョゼは気高くちゃんと成熟した人なんだと気付かされます。
ジョゼは大変な読書家で、サガンの『一年ののち』を読み込んできた女性です。経験は無くても、複雑なロマンスをよく分かっているからこそ、最初から別れまでを含めて恋愛をしてみたかったのではないかと思うのです。
実は原作小説では、2人は別れの予感に思いを巡らすだけで、実際の別れには至りません。登場人物もごく少なく、恒夫のエピソードも、「感謝しいや」のセリフもありません。
映画観賞後に原作を読んで、脚本の膨らませっぷりを知ったとき、感心を通り越して「も、ものすごい……」とひっくり返りそうでした。
調べてみると、脚本の渡辺あやさんは本作がデビュー作とのこと。デビュー作?!しかもこの後、本作同様に犬道一心監督と『メゾン・ド・ヒミコ('05)』を手掛け、『天然コケッコー('07)』で山下淳宏監督と組み、2013年にはNHKの朝ドラ『カーネーション』を書き下ろしています。て、て、天才の仕事やったんや!!!
■4 別れは悲しいものばかりじゃない
©2003「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ
ひょんなことから出会い、恋人になり、共に暮らした恒夫とジョゼ。脚本もさながら、演出もとてもイイんです。お婆ちゃんと暮らしていた頃は巣のようだったジョゼの部屋が、恒夫の介入でバリアフリーになり、同棲を始めると男っぽい家具に占領される(ガラステーブルとメタルラックが効いてます。ジョゼがさりげなく男物のシャツを羽織っているのもそれっぽい!)。2人が別れた後、ラストシーンでは今までで一番スッキリと片付いた部屋が見渡され、驚くほど大人びた顔つきになったジョゼが丁寧に魚を焼いている様子が映されます。
2人が別れた原因について、恒夫は「俺が逃げた」と回想します。ジョゼと暮らすこと、付き合っていくことの限界を感じる様は作中でも繊細に表現されています。……が、カワウソはジョゼが恒夫を手放したように思えるのです。お魚のライトが回るラブホテルで、ジョゼが「ウチは海の底からやってきた」と呟くセリフから引用します。
「ウチはもう二度とあの場所には戻られへんねやろ。いつかアンタがおらんようなったら、迷子の貝殻みたいに、ひとりぼっちで海の底をコロコロコロコロ転がり続けることになるんやろ。でもまぁ、それもまた良しや。」
貝は自分の中に入った異物をコーティングして、時間をかけて真珠にします。心の中に核を持ったジョゼは、1人になっても自分の真珠を持てるんだと思ったのです。
知性があるジョゼと行動力がある恒夫が出会い、お互いの存在を許容しあって、心と体の知識の交換をする。このエロティックな体験は本当に「恋愛」そのもので、その関係が解消されても、過去の経験が消えたり無価値になるものではありません。
恒夫と別れ、電動車いすを使うようになり、ビューンと駆けていくジョゼの姿は、捨てられた女が立ち直って自立していくというよりも、長い時間をかけた準備が整い、望んだ姿になったという印象でした。
余談ですが、恒夫は「ジョゼとは二度と会うことはないだろう」と回想しますが、しょせんは20歳そこそこの男の考えです。例えば、彼らが20年か30年かもっと先、充分に年をとったころ再会したらどうでしょう?ジョゼはニヤッと笑って「なんや、アンタか」と恒夫を招き入れそうな気がします。
咲けば散るのが花、帰るまでが遠足、別れも含めて恋愛です。単純ではない人生のことを想うとき、この映画が寄り添ってくれるのではないかと思います。
さて、この連載も今回でお別れです。テーマに沿った様々な作品に思いを馳せるのはとっても良い経験でした。加藤よしきさんのパワフルでキレの良い先攻に引けを取らないよう、カワウソの後攻も愉快に読めるよう頑張ってみたつもりですが、楽しんでいただけたでしょうか。
また皆さんのお目にかかれるその日まで、映画でも観て過ごそうかな〜!