月刊住むひと vol.05 東急池上線 蒲田駅 徒歩4分 賃料7.8万円
この連載はほぼ実在する(ほぼです)ひとつの物件を取り上げて、この部屋に住んでいるひとの人生はどんなだろう、と勝手に妄想していくものです。
北向ハナウタが描く「住むこと」についての漫画とエッセイ、第5話。
交通:東急池上線 蒲田駅 徒歩4分
賃料:7.8万円(管理費含む)
築年数:築12年
主要採光面:東
間取り:1K / 22.5㎡
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その他:鉄筋コンクリート、5階
侮るなかれ、建物の名前
物件を選ぶ条件のなかでおよそ最上位に来ることはない、ただ、みすみす見逃すことのできない要素。
それが「建物名」だと思う。
筆者が初めて一人暮らしの部屋探しをしていたとき、候補のひとつにしていた物件があった。
JR中央線 阿佐ヶ谷駅、それなりに駅近で初めての一人暮らしにはちょうどいい設備と広さ、家賃も予算の範囲内、アパートの名前は『感じのいい家』。
唯一、ほんのわずか、気にかかることがあることをあげるとすればその建物の名前だった。
確かに感じはいい。とてもいい。その看板に偽りはないのだが、なんだ、それを自ら名乗るのか。この住所を自分の所在地として書き続けるのか…?筆者の考えすぎだろうか…?
そんな感じの良さと心の置きどころのなさに右へ左へ振られながら、その日はその物件を含め3件ほど内見をした。
やはり今日まわった中でも『感じのいい家』が一番住み良さそう…もとい、感じがいいではないか。あの家に決めようか、建物名なんて瑣末な事だ。そう心が傾きかけていた不動産屋へ戻る帰りの車内、若い頃は多少やんちゃだったろうなといった襟足の不動産屋さんがおもむろに口を開く。
「あそこどうスかね、いい感じの家!」
いい感じの家。チャラい、限りなくチャラい。
言い間違えだとしてもつらい、淀みなくつらい。
「”いい感じの家”じゃなくて”感じのいい家”ですよ!」
笑いながら指摘するも、その二つに大差はないような気がしてきた。そこですっかり恥ずかしくなり、結局その家に住むことはなかった。
※繰り返すがその家自体はとてもいい物件だった。一人ひとり部屋の好みが違う中で、たまたま筆者は建物名が気になっただけだ。
もしかしてこんな経験をしていたのは筆者だけではないのでは、と思いTwitterで「住んでいた、もしくは住もうとした建物の名前についての思い出」を募集したら素敵なエピソードが集まったので次に紹介したい。
みんないろんな名前の家に住んできた
はじめての一人暮らしは、ビバ佐藤でした。ファンキーな大家さんと想像して挨拶に伺ったら、魔女の宅急便のパイを焼く品格のあるマダムのような方が出てきて驚きました。
「はじめての一人暮らしは、ビバ佐藤でした。」という小説の書き出しのような導入。帯に書かれていたら思わず読み進めてしまいそうだ。
ビバ佐藤の大家のマダム。なんだなんだ、気になる登場人物が増えたぞ。
元彼が住んでいたアパートが紗羅餐(サラザン)という名前でした。
別れてしまったので聞けずじまいでしたが、別れた日、自分ちに帰るタクシーの中でどうしても気になって調べたらフランス語で『お蕎麦』って意味らしくさらに謎が深まりました。
別れた日にタクシーで調べた、というシーンも含めて最高のエピソード。おれもそんなエピソード欲しい、ずるい。
別れ話を終え、拾ったタクシーの中で小さくため息をつく。遠ざかる紗羅餐(サラザン)。もう行くことのない紗羅餐(サラザン)。検索して「お蕎麦」という答えが表示された瞬間の投稿主の心境が気になります。
言うと笑われるのですが、ライブハウス新庄という物件に住んでいました。すでに恋人が住んでいたので…
またも恋人が住んでいた物件名エピソード。なぜ?なぜ世の恋人は不思議な物件に住むのだ。
住もうとした、京都のアパートです。そのまま「さんしょうにひゃく」と読みます。不動産屋さんも自分が紹介したくせに名前にウケてて、「いやこれは、行っときましょうよ山椒!」と盛り上がって内見に行きました。住むのは止めました。
住んで欲しかったな、山椒200。
山椒料理の豊富な京都ならではですね。そんなことないな、そんなことないです。
桜田という地域にある「サクラダファミリア」というアパートに、建築家の友人が住んでいました。
迷いますよね。狙ってこの名前をつけた若干厄介な大家さんにお世話になるか、山椒200という名前をつけるような思考回路がミステリアスな大家さんにお世話になるか。
サクラダファミリアは、でも、かわいいような気がしてくるな。建築家の友人が住んでるって100点では。
以前住んでいた建物が、「フローラル茶柱(ちゃばしら)」でした。方々で「縁起の良さそうな名前だね〜」と言われました。
何かフローラル茶柱の思い出はありますかと訊いたら「引っ越し当日、他県からの移動と荷物の搬入でクタクタだったので少し休憩するつもりでそのまま寝てしまったんですけど、隣に住む男性が部屋に入ってきたことですね。」と回答をいただきました。そんな縁起の悪い茶柱はない。
建物名のない物件はない
想像以上にみんな建物名についての思い出を持っていることがわかり大変得した気分だ。掲載しきれなかったけれど他にも様々なエピソードをいただいてホクホクしている。
うまく昇華すれば話のネタになるのだなぁ、と今回集まった話を聞いて強く実感した。どんな物件にも建物名はついて回るのだ。どうせなら一度くらいインパクトのある物件に住んでみるのもいいかもしれない。山椒200とか。
おれは大丈夫です。