かぞくとわたし 第八話「眠る場所」
以前は眠る場所には特にこだわりがなかったというサカイエヒタさん。押入れでも会社でも眠ることができるのが特技だったそうですが、今では眠る場所にすごくこだわっているそう。今回もほっこりするお話です。
今でこそ、あたたかいベッドですやすやとかわいい寝顔で眠る僕ではあるが、独身時代はずっと押入れの中で寝ていた。
飲み会で「ドラちゃんみたいでかわいい~」なんて言ってくる女の子をお持ち帰りしたところで、彼女たちは僕と喜んで押入れに入ってくれるはずもなく、「え、まじじゃん」と冷めた顔で僕と寝床を蔑んだ。約束と違う。
当時住んでいた部屋はとても狭かったため、寝床となるスペースが無かったのだ。しかもハリネズミを飼っていたので、ハリネズミのケージが部屋の中を占領し、ただでさえ狭い僕の部屋はより狭小になっていた。仕方なく押入れのふすまを外して壁にかけ、僕は押入れの中で寝る生活をしていたのだ。
昔から、寝る場所についてはどこでも良いタイプだった。明るい場所でもうるさい場所でも問題ない。硬い床でも大丈夫。徹夜の多いブラック企業に勤めていた時は、3つの椅子を使って眠る同僚を「軟弱だ」と鼻で笑い、僕は2つの椅子で寝てみせた。家出を繰り返してきた10代の頃は、渋谷の植え込みで寝るのも多かった。身体ひとつぶんのスペースと段ボールさえあれば、どこでだって寝られる。それはなんの取り柄も無かった僕にとっては、唯一誇れる特技であった。
しかしどうだろう。30代も半ばとなると、寝心地というものに身体がこだわりを見せる。枕の高さやマットレスの硬さにまで文句を言いだす。地方取材の際によくビジネスホテルを利用するのだが、マットレスの硬さが自分の好みと合わないだけで不機嫌になる自分がいる。ずいぶんとわがままになったものだと思う。
IKEAで買った大量の安いクッションを自分の寝床に重ね、毎晩心地の良いポイントを探す。埋もれるくらいがちょうどよく、さらに首にはデブ猫が乗っかってくるため、僕は口元だけを空気穴として確保し、クッションと猫に沈んで眠る。場合によっては寝起きの悪い赤ん坊が胸の上に乗るので、もはや僕自身がマットレスのようでもある。寝ながらYouTubeが見られるようにと、iPhoneをハンズフリーで固定できるアクセサリまで購入した。こうなると、人間終わりである。
ベッドを買うつもりもないのに、家具屋さんに置いてあるベッドに寝転がる。
「お、良いマットレスだよこれ。ちょうどいい」
僕の感想に大して興味もなさそうな奥さんが、寝転がる僕を置いて先へ行く。
ああ、このまま閉店まで、マットレスに沈んでいたい。
つづく