〇〇なときは映画に逃げろ!!~第12回 食欲の秋にぴったりな、美味しそうな食事シーンがある映画~先攻:加藤よしき「ザ・コンサルタント」( ’16年)
■「美味そうかはさておき、真似したくなるし、簡単に真似できる」グルメ映画!
今回のテーマは秋らしく「グルメ映画」。しかし、これがなかなか難しいテーマでした。何故なら、ご飯が美味しそうな映画は山ほどあるからです。最近だと豚肉を挟んだキューバサンドが印象的な『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(’14年)、日本映画で言うと南極が舞台なのにステーキや手作りラーメンが登場する『南極料理人』(’09年)などなど、あまりに膨大過ぎて一本に絞り切るのは至難のわざ。正直、インターネット上に無数にある「〇〇について調べてみました!」から始まり、目次が細かいわりに結論は「どうやら××なようです!」と曖昧に終わる信頼できない謎の情報サイトのような、明言を避けた記事になりかねません。ご飯と子供と猫はインターネットで受けの良い題材ですし、今回は、恐る恐る「美味そうかさておき、真似したくなるし、簡単に真似できるグルメ映画」をご紹介したいと思います。そんな絶妙かつ変てこな塩梅の映画があるのか?そう思われた方も多いでしょうが、これは都合のいいことに存在するのです。今回取り上げる映画はベン・アフレック主演のアクション映画『ザ・コンサルタント』(’16年)。
©2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED
価格:ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
発売・販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
■仕事人×人間の可能性×運命の悪戯!奇妙で愛すべき快作!
A)まさに異色作!変化球系アクション・ヒューマンドラマ!
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しがない会計士クリスチャン・ウルフ(ベン・アフレック)は、とある企業の財務調査を引き受ける。助手につけられたディナ・カミングス(アナ・ケンドリック)と共に、膨大な資料を徹底的に調べ上げ、遂に不正な金の流れの証拠を掴んだ。しかし、その報告を行った直後に企業の財務担当が自殺して、調査も打ち切りになってしまう。社長が説明するには、金を横領していたのは財務担当で、彼はそのことを悔やんで自死を選んだと言うのだ。不本意な形で仕事を終えたウルフだったが、友人宅で過ごしていたところを暗殺者に急襲される。万事休すと思われたが、ウルフは暗殺者を秒殺。実はウルフにはもう一つの顔があった。彼は1.5キロ先の標的を撃ち抜く射撃スキルと、インドネシアの格闘技シラットを極めた闇の最強コンサルタントだったのである……!
映画ライターのギンティ小林さんが発明した言葉で「舐めてた相手が実は殺人マシーンでしたムービー」と表現されるジャンルがあります。『96時間』(’08年)や『イコライザー』(’14年)、この連載でも取り上げたイケメン映画の金字塔『アジョシ』(’10年)も同ジャンルでしょう。本作もこの系統の一本なのですが、特筆すべきは主人公クリスチャン・ウルフが自閉症者であると劇中で明言されている点です。
B)必見!美味いかはさておき、とりあえず真似したくなる絶妙な献立!
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ウルフは自らの高機能自閉症をこう語ります。「凄く興味の範囲が狭い。始めた仕事はやめられない。他人ともうまく交流できない。たとえ自分自身が望んでいても」他にも幼い頃からピンチになると「ソロモン・グランディ、月曜日に生まれて、火曜日に洗礼、水曜日に結婚、木曜日に病気、金曜日に危篤、土曜日に死んで、日曜日に埋葬、ソロモン・グランディ、一巻の終わり」というマザーグースの歌詞を口ずさむこと、「何か作業を始める前には必ず指に息を吹きかける」と言った独自の習慣を持ち、もちろん食事にも習慣が存在します。3枚のパンケーキ、3つの目玉焼き、3枚の焼いたベーコン。これを一枚の皿に乗せる。それぞれの配置場所は厳密に決まっており、わずかでもズレていたら、その度に微調整を行います(食器も同様に位置が決まっている)。その後、カリカリに焼いたベーコンを同サイズに指で千切って、ようやく食べ始めます。どう見ても普通ではありません。どこか不穏さすら漂う食事風景ですが、ウルフにとってはこれが普通なのです。
C)きっと明日から真似したくなる!クリスチャン・ウルフという男!
印象的ながらも寂しいウルフの食事風景ですが、監督のギャヴィン・オコナーは静かに、どのカットを切り取っても“決まっている”画に仕上げています。これこそまさに映画のマジック。静かな曲も画面にマッチしており、哀しみや孤独が伝わってくる一方で、単純にカッコいいのです。『クローズZERO』(’07年)の小栗旬や、ジャッキー映画のアクション、『007』の名台詞「ボンド、ジェームズ・ボンド」と同じように、今すぐ真似したくなるようなカッコよさがあります。そして実際スーパーマーケットに行けば速攻で真似できてしまう。興味と憧れを抱けば、その次に来るのは真似をしたいという気持ちです。しかし、だいたいのフィクションは簡単に真似できません。ジャッキーの真似をして骨を折った人、『レオン』(’94年)の真似をして観葉植物を枯らせた人もいるでしょう。ところがこの映画に関しては、簡単に真似できるのです。我が国の古典『NANA』に登場する「Sunday Monday 稲妻Tuesday」的な生活はなかなか真似できませんが、「ソロモン・グランディ、月曜日に生まれて、火曜日に洗礼、水曜日に結婚」な生活は真似できるのです。この点が非常に重要です。「映画に登場するカッコいいご飯を作りたい!」という気持ちと、「実際に作れた!」という気持ち、両方を満たしてくれる1本だと言えるでしょう。
■まずは興味を。次に理解で、共感は最後でいい
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自閉症はフィクションで取り上げるには、極めて繊細な題材です。もちろん監督のギャヴィン・オコナーは賢明な人物ですから、自閉症を単なるスーパーパワーとして描くようなことはしていません。本作はカッコいい画やアクションで、まずはクリスチャン・ウルフというキャラクターに興味を持たせ、次に彼がどういう人間で、何を大切にしているかを描くことで、高機能自閉症がどういうものかを描いています。しかし、興味を持たせ、理解させるところまではいきますが、そこから一歩先、つまりウルフへの共感までは敢えて踏み込んでいません。正確に言うなら共感するかどうかは観客に任せているのです。このバランス感覚が素晴らしい。しっかりと段階を踏んで、まずは興味を、次に理解を、共感・感情移入は最後というスタンスを貫いています。これは作中での「食事」という行為の扱いを見ても明白です。多くの映画では「一緒に食事をする」というのは「絆が深まった」ことの表現として使われます。本作では、ウルフが誰かとご飯を食べるシーンはありません。会社の昼食時間にディナと一緒になるシーンがありますが、ウルフはディナが現れると弁当を食べるのをやめます。そして弁当箱を開けて、水筒の飲み物まで注ぐのですが、実際に口をつけるのはディナが去ってからです。まるで時間稼ぎをするように、食べることまではしないのです。一方でディナはウルフと会話しながら何かを口に放り込みます。対比と言うより小さな「違い」と言っていいでしょう。こうした「違い」は映画の終わりまで「違い」として残りますが、ウルフはディナを守るために戦うのです。それが何を意味するのか?細かい描写を重ね、観客に確実な情報を渡しつつ、それと同時にあえて言葉や映像にしないことで観客に想像させる。観客に伝える部分と、解釈を任せる部分。二者の采配が絶妙です。非常に巧みに作られた映画であることは間違いないでしょう。
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『ザ・コンサルタント』は、色々な意味で考えさせられる映画です。自閉症に限ったことではなく、世の中には色々な人がいます。そんな自分と違う存在と、どう付き合っていくのか?そんなことを考える機会は、あまりないと思います。私だって、そんなに意識して考えることはありません。本作はアクション映画という体裁を取りつつ、自閉症を通じて前述の問いを観客に優しく投げかけます。見終わったあと、きっと心地よい余韻と想像に浸れることでしょう(もちろん、本作の根幹の設定になっているシラットが自閉症を解決してくれるという話については議論の余地があるとして。いや、シラットは頼もしいですよ。近日公開の『スカイライン―奪還―』(’17年)では宇宙人を倒していましたし)。