育児 × 介護 = “戦略的”二世帯同居!への道 Step7:本当のことを教えてください!陰惨ホラーハウス
三世代での同居を始めるため、大型の中古住宅を探し続ける甘木一家。
不動産会社の担当Y氏が見つけてくるのは、よくぞこんなに、と感嘆するほど個性派の物件揃い。
さすらいの珍物件めぐりは、一体いつ終わりを迎えるのか…?
1.二世帯住宅ふたたび
メルヘンハウスから始まり、未練の二世帯住宅、独房ハウス、更に忍者屋敷と、あまりにもアクの強い中古住宅ばかりを巡った我らの家探し。
いい加減、予算も間取りも希望通りの物件に巡り合っても良い頃合いではなかろうか…と、疲労の蓄積を隠しきれない私と旦那がおりました。
そんな我らにはお構いなしに、担当Y氏から、またも物件情報のFAXが。
あんまり変な家だったら、今度こそ見学前に断るぞ…そう心に決めて間取り図を見てみれば、なんとキッチンとお風呂が2つ。家探しを始めて2軒目となる中古の二世帯住宅ではないですか。
しかも、物件の住所を地図で調べてみると、駅から徒歩10分圏内という好立地。更に土地の面積が広く、特に庭はとても広々としているようでした。
旦那の通勤は電車ではないので、特に立地にこだわりはありませんでした。しかし将来子供が大きくなり、高校や大学への通学のことなども考えると、駅に近いに越したことはありません。
しかも立地と土地面積のわりに、お値段はお手頃です。二世帯住宅は建てる時の設備費がかさむので売値も高くなりがちですが、我ら薄給夫婦でもギリギリ手が届く嬉しいお値段設定。
家族間の話し合いで、二世帯住宅は当然ながら光熱費も二世帯分かかるし、食事の支度も別々となり、あまり同居のスケールメリットがないのではないか、それならば大型の間取りの一戸建てで完全同居の方が良いのではないかという話になってはいましたが、二世帯住宅を完全に選択肢から外したわけではありません。
今回の物件は特に、玄関は共同のつくりのため、さほど分離感がなく暮らすこともできるのではないか、と期待が膨らみました。
しかしここまでこの連載をお読みいただいた方ならば、だいたい予想がつくのではないでしょうか。間取り図を見て膨らんだ期待は、もれなくぺしゃんこに潰される、という私達の運命のことを。
2.信じてないけど、信じてはいないけど
その日はしとしとと生ぬるい雨の降る日でした。昼間だというのにどんよりと薄暗く、「暗雲立ち込める」という表現がぴったりな、まとわりつくような湿気を含んだ空気が街を包んでおりました。
相変わらず明るく調子のいい担当Y氏に伴われ、目指す二世帯住宅の前に立った私と旦那は不穏な胸騒ぎを感じていました。
建物自体は、まだそれほど古くなく、外観もきれいです。家の前の道路の交通量もさほど多くないし、駐車場が3台は停められそうな広さであることも、とても好条件です。
ただ、なんだろう、この得体の知れない重苦しさは…。ここはすでに誰も住んでいない空き家で、カーテンのかかっていない窓から見ても、室内は暗くうかがい知れません。
きっと天気のせいだ。こんなどんよりした天気の日に見たら、どんな素敵な家でもおどろおどろしく見えるに違いない…そう自分に言い聞かせ、おずおずと玄関に足を踏み入れます。
「一階もこの通り広いですし、二階のほうも広々してるんですよ!」元気なY氏の声が響きます。その声をよそに、私の目はある部屋に釘付けになっていました。
Y氏の声は響き続けます。
「和室も洋室もあって、ご両親にもお喜び頂けるんじゃないかと!」
「…あの…」
「庭もすごく広いんですよ、後でご案内しますね!」
「そうですね、それはいいんですけれども…」
無視されているのか本当に気付いていないのか、こちらを振り返りもせずにずんずんと家の奥へと進んで行くY氏に、半ば強引に引き連れられて階段を上ります。二階の子供世帯用のスペースは広くきれいで、最近壁紙を張り替えたか、それでなければよっぽどきれい好きの方が住んでいたのかと思われます。キッチンにはビルトインの食洗機やオーブンなど、私がアパート生活で憧れてやまないアイテムも完備されており、義母と私が望んでやまない広いベランダもありました。
本来ならば目を輝かせて喜ぶべき条件の数々を前にして、しかし私は気もそぞろでした。先程、一瞬だけ一階で見たある部屋が気になって仕方がなかったのです。
階下へ戻り、そのまま庭に向かおうとするY氏を呼び止め、私は恐る恐る一箇所を指さします。
その部屋は、一階リビングに隣接した和室でした。リビングとの間の仕切り扉を開けることで開放的な間取りに変化する、モダンな作りのその6畳ほどの和室は、しかし、一言では言い表せないほどの澱んだオーラを発していたのです。
まず、畳が荒れています。使い込んだ、というレベルではありません。畳のい草はまだ青く、色からするとさほどの経年感はないのに、全体的にぼさぼさに毛羽立っています。それだけなら、やんちゃな犬か猫でも飼っていたのかな、とも思えますが、縫い付けてある畳のヘリが無理やり引き剥がされたような部分もあります。
そして決定打は、畳の真ん中あたりに、得体の知れないどす黒い大きな染み。
普通に暮らしていれば決してこんな染みはできないはずです。一体この部屋は誰が暮らしていて、何があったのか。
足を踏み入れる気にもなれずに、部屋の前で立ち止まり中を覗いた私は、更に背筋の凍る事実に気が付きました。
和室の四方の柱や、押入れのふすまや木枠に、余白なくびっしりと、無数のひっかき傷が付いているのです。
いや、やっぱり犬か猫を飼っていたんだよ、だからこうやって木の部分をガリガリと…と自分に言い聞かせようとします。しかしよく見れば、柱の傷は、決して小柄ではない私の目の高さまであります。
…犬にしても、でかくね?
私の脳裏で危険信号のサイレンが、過去最大級の音量で鳴り響きます。
「えーとこの…この和室…荒れてますね?」おずおずとY氏に尋ねると、氏も
「そうですね」と、珍しく言葉少なに頷きます。
「他の部屋はとってもきれいなのに、どうしてこうなっちゃったんでしょう…?」
「わかりません」即答。
いや絶対嘘だろ。忍者屋敷の隠し扉の場所までよく知ってたY氏が、担当物件がこんなに一部屋だけ荒れてる理由を知らないわけないだろ!!
そう思うものの口に出す勇気もなく、誘われるまま庭へと向かいます。
この庭もまた、一種異様な雰囲気でした。もう一軒同じ大きさの家が建てられるほどに広いのに、植木も花壇もまったく何もない、がらんとした更地なのです。たとえ本当にもう一軒建てるつもりだったにしても、隣家に囲まれて奥まった、重機が入れない側の土地を空けておく理由が全くわかりません。同様に、土地を切り売りするつもりだったにしても家の配置が不自然すぎます。
どんどん悪い方に考える私ですが、「これだけ広ければ、息子さんとキャッチボールもできますね!」というY氏の言葉に我に返りました。確かにこれだけの広さがあれば、庭でキャッチボールだろうが鬼ごっこだろうが、思い切りできそうです。道路に面していない庭なので、活発な息子にとって、これ以上の安全で快適な遊び場はないでしょう。
もしかして、このどんよりした天気にイメージが引きずられているだけなのでは?よく晴れた日にもう一度見に来れば、もしかしてこれ以上の物件はないのでは…?必死でポジティブに考えようと努める私の視界の隅に、例の和室が、どす黒い邪悪なオーラを放ってフレームインしてきます。
うん、無理だ。
そもそも、駅チカの立地で土地も広く、建物が綺麗なのにどうしたって相場より安すぎる気がします。
それにあの和室、柱にやすりをかけ、畳とふすまを替えるだけで見違えるほどきれいになり売りやすくなるのは分かりきっているのに、それをしない、もしくはできない理由についても悪い想像ばかりが膨らみます。
私は決してオカルト的なものを信じているわけではなく、かなり図太い神経をしている自覚もありますが…それにしたって限度というものがあります。
どうする…?いざ引っ越してみて、何度畳を変えてもあの染みが浮き上がってきたりしたら…
「ちょっと無理かな…」つぶやいた私の声に、旦那も黙って頷きます。
物事へのこだわりの無さに定評のある旦那をもってしても、あの陰惨さは無視できないのだ…そう思うと自らの判断に自信が持てる気がしました。
陰惨ホラーハウスを言葉少なに後にした私達。
二世帯の終の棲家に、私達はいつ巡り会えるのでしょうか…