育児 × 介護 = “戦略的”二世帯同居!への道 Step5:忍者屋敷―限りなく真っ黒に近いグレー!!
三世代同居を決定し、家探し(中古一戸建て)をはじめた我が家。義父母から「とりあえず若夫婦で良さそうな物件を探してきて」と丸投げされ、休みの日は幼い息子を連れ、夫婦で物件見学に奔走する日々がはじまりました。
不動産会社の担当Y氏が次々と繰り出す、いずれ劣らぬ個性豊かな物件たち。売り主のこだわりと予算、そして様々な事情が交錯する、「大型」「中古」「一戸建て」の物件探し。さて今回は…?
1.「なんとここ、開くんです!×3」
「新しい物件が見つかりました!」との担当Y氏からの連絡を受け、早速現地へ向かった私達夫婦。
今回の物件は、事前に送って頂いた間取り図を見る限り、特に引っかかる部分もなく、実に無難な感じを受けました。前回、前々回の物件が強烈過ぎて、それと比べればたいていの家は無難で無個性に思えるのも当然かもしれません。
しかし、長く使うものこそ、無難で平凡なのが一番ではないか!というのが私の信条です。大いに期待を抱きつつ、指定された住所へと向かいました。
その建物の外見は、間取り図から想像した通り、実にオーソドックスな一軒家。築年数もさほどではなく、状態も悪くありません。
内装もすっきりとしていて、日当たりも良好。好意的な目であちこち見回る私に、「奥様、ちょっとこちらに…」と、担当Y氏が意味ありげな手招きをします。
まるで少年のようにいたずらっぽい表情のY氏が、壁の一部分を押すと…
なんと、一見するとただの板壁のようだった部分が開き、隣の部屋が現れました。
「??ここ、ドアなんですか??」
「一見するとドアってわからないですよね!ここを使えば、いちいち廊下に出なくても隣の部屋に行けるという…」
「忍者屋敷みたいですね?」
半ば呆れながら言うと、Y氏は更に目を輝かせ、「そうなんです!これだけじゃなくて、更にここも!ここも開いて収納になるんですよ!」と、壁のように見える場所をあちこち押しては謎の隠し収納スペースを見せてくれます。なぜ普通にドアを付けてはいけないのか…そんな私の疑問は口にだすのも憚られるほどの、自信満々なプレゼンテーションぶり。
人の話をいまいちよく聞いてくれず、少々頼りないと思っていましたが、担当する物件については、隠し扉の場所まで実によくご存知です。その点についてY氏を褒めると、照れ笑いを浮かべながら「いやぁ、ここの売り主さん直々に、隠し扉のこと教えて頂いたんですよ!こういうのすごくワクワクしますよね!」とのこと。なるほど、売り主から担当営業へと受け継がれる、忍者屋敷のロマン…思わず遠い目になる私でした。
男たちに受け継がれるロマンはわからないでもないものの、実際に住む私からすると、正直、特にメリットは感じられません。なんだろうこの妙に奥行きのない細長い収納。一体何を入れるんだ。忍者屋敷だけに日本刀とかか。かっこいいけど絶対いらない。ぼんやりとそんなことを考えながら室内を見回ります。
庭などを見ていた旦那と合流し、物件としては決して悪くないけれども、欲を言えばもう少し広いと助かるよね…などと話していたときのこと。
「この物件…更にすごいところがあるんです!」と、Y氏が意味ありげな笑みを浮かべ、2階の天井から垂れ下がる謎のヒモに手をかけました。
ああ、そのヒモは!さっきから何なんだろうと疑問に思ってはいたけれど、まさかそのヒモは!!
2.忍者屋敷、本領発揮
ギギーッ、と鈍い音を立て、天井の点検口にしか見えない小さな扉から、ハシゴのような簡易的な階段が、ゆっくりと降りてきます。
「おお!!すげえ!!」思わず素に戻り叫ぶ主婦と旦那の反応に気を良くしたらしいY氏が、高らかに宣言します。
「屋根裏部屋です!!」
これには正直なところ、テンションが爆上がりしました。忍者屋敷!!バカにしてごめん!!と心から反省しました。
脚立のような不安定な階段を、息子を支えながらやっとの思いでよじ登り、実質3階にあたる屋根裏部屋に足を踏み入れます。
屋根の梁がむき出しの、簡易的な収納スペースのようなものを想像していたのですが、実際その部屋はきちんと壁紙が貼られ、窓まであって日当たりもよくきれいな印象です。屋根裏らしく天井は斜めになっていますが、それでも大人が立っても支障ないほどの十分な高さに、広々とした床面積。
まさに大人の秘密基地、といった印象。旦那も息子も大喜びです。
ここが自分の部屋だったらいいなぁ!いや、その前に子ども部屋として息子に奪われそうだな…などとウキウキしていた私は、しかし、事前に渡されたこの家の間取り図がふと頭に浮かびました。
…こんな部屋、あったっけ?
Y氏に、この部屋、間取り図に書かれてないんじゃないですか?と聞くと、バツの悪そうな顔で「ええ、実は…」と頷きます。
「じゃあ、延べ床面積にこの部屋は含まれてないんですか?」
「ええ、まあ…」
「それって違法建築ってやつでは…」
「いや!それはまあ!確かにちょっとグレーではあるかもしれないですけど!ロフトみたいなものだと思っていただければ!」
「じゃあ、法律的には全く問題ないんですか?」
「……ッッ」
黙らないで欲しい。
ちょっとグレーどころか、多分これ真っ黒じゃないですかー!と一気に現実に引き戻された私と旦那。
さらに、歩き出したばかりの今でさえ、幼い息子の行方を追いかけるのに苦労しているというのに、どんどん行動範囲が広がる近い将来、うっかり出しっぱなしにした階段から転げ落ちて大怪我をするのでは…?など、冷静になればなるほどに心配はつのります。
今回こそは平凡で素敵な物件だと思っていたのに…
落胆を隠しきれずに忍者屋敷をあとにする私達なのでした。
3.慣れってこわい
さらにこの日はもう一軒の物件見学を予定しておりました。Yさんから「中古ではなく新築なのですが、珍しく広い間取りの建売があるので、見るだけでもどうですか?」とお誘い頂いたのです。
たどり着いたそこは、広々とした新興住宅地。新築なので当然、どこもかしこもピカピカです。
間取りも、リビングダイニングはとても広々としており、また他の部屋も、部屋数はやや少ないながら、どこも明るくこぢんまりとしていて、子ども部屋や義父母の寝室にも良いのではないかと思われました。
収納スペースも充実しており、当然ちゃんとわかりやすいドアがついています。
デザインにも奇をてらったところがなく、それでいてさりげなく現代風で、ほどよくお洒落。
新築で、予算にはやや無理があるものの、求めていた物件にかなり近い素敵なお家。私の食指が動いて然るべきなのですが、なんでしょう、この胸に去来する、これはまさか、一抹の…物足りなさ…?
(待て、物足りないとかおかしい、今までの妙な物件で感覚が麻痺してるだけだ、正気に戻れ自分…!!)
結局この新築物件については、予算がややオーバーである件に加え、やはりもう少し部屋数が必要なのではないかという話になり、見送ることとなりました。
これまで見てきた物件のあまりのアクの強さに、どれだけ自分の感覚が麻痺しているかに気づかされた出来事でありました。
そして私は物件見学を重ねるうち、ある事実にようやく気づきました。
私達の探している中古住宅は、「最低でも5LDKの大型住宅」と条件がついている故に、ほとんど100%、元の持ち主が設計して建てた注文建築となります。建売でそんな間取りを建ててもなかなか買い手がつかないので、これはある意味当然のことです。
大型の注文建築。広めの土地も必要です。建てるのはある程度財力のある人に限られるでしょう。
どんな家にしようか。夢はふくらみ、施主の希望はどんどん詰め込まれます。無垢材のリビング(第4話)のように。違法建築の忍者屋敷のように。
私達の探しているのは、そんな売り主のこだわりがぎっしりと詰まった家なのです。いわばこの家探しは、売り主の熱いこだわりを、どこまで私達が受け入れられるかの勝負なのです。
これは思ったよりもヤバイ事態になってきやがったぜ…
これからも続くであろう、売り主のこだわりとの戦いを思い、ニヒルに口元をゆがめる私でした。