かぞくとわたし 第六話「夢の恋ダンス」
大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の放送が終了してから早くも数ヶ月が経つ。俄然、放送当時は我が家にも空前の「逃げ恥ブーム」が訪れていた。しかし、あのドラマの代名詞とも言われる「恋ダンス」を我々夫婦はマスターすることはなかった。正確に言えば、マスターすることが出来なかったのだ。それは、我々にダンスのセンスが無いということではなく、世間のブームに乗っかるのが恥ずかしいということでもなく、ただただ物理的に、そう、
カーテンが無かったのだ。
家が建ってから半年間、我が家のリビングの窓にはカーテンが無かった。寝室やその他の部屋の窓にはカーテンがあるのに、リビングの窓にはカーテンが無かった。納戸の小さな窓にさえ白い上品なカーテンがかかっているというのに、我が家のリビングの窓にはカーテンが無かった。
2Fのリビングの窓からは近くの学校の校舎が見える。時折、廊下を走る男子生徒が見える。楽しそうに会話をする女子生徒も見える。ということは、きっと学校側からも我が家のリビングは丸見えであり、テレビの前で恋ダンスの練習などすれば、その滑稽な姿ももちろん見えることだろう。
だから我々夫婦はどんなにドラマにハマろうとも、世間が忘年会に向けて恋ダンスの練習に励んでいたとしても、リビングにあるテレビの前で恋ダンスを踊ることはできなかった。
リビングにカーテンがないことで、日常生活にはかなりの緊張感が生じる。風呂上がりに上裸でうろつくことも許されないし、鼻をほじることも許されない。35年ローンで手に入れたマイホームでくつろぐことも許されないなんて、こんな不条理があるのだろうか。
そして半年が経ったある日、パブリック全開なリビング生活に耐えられなくなった僕は奥さんに「カーテンを買おう」と提案した。すると奥さんはパッと顔が明るくなり、「ちょうど私も言おうと思ってた」と喜んだ。こうして細長い箱に入ったカーテン一式が届き、我が家のリビングの窓にオフホワイトの素敵なカーテンが取り付けられた。
カーテンのある生活は、これまでのそれとは全く違う生活だ。全裸で走り回っても、学校の生徒たちには気付かれない。奥にある鼻クソを執拗に追いかけても、学校の生徒たちには気付かれない。圧倒的なプライベート空間。やっとリビングがリビングと化したのだ。なぜ我々は早くからカーテンを購入しなかったのだろうか。
しかし、「逃げ恥」から数ヶ月経った今、世間はすっかり「カルテット」の波にのまれている。時代は「契約結婚アリかナシか」論争ではなく、「唐揚げにレモンかけるかかけないか」論争になっていた。いくら今から恋ダンスを熱心に練習しようとも、もう無駄なことなのだ。
2016年後半から2017年にかけて、リビングにカーテンが無かった代償は大きい。
つづく