かぞくとわたし 第五話「逃走本能」
今回はサカイエヒタさんが結婚当初の奥さんとのエピソードを教えてくれました。サカイさんが悩んだときに、奥さんが取った行動とは?!
「お前はこの先、どんな生き方がしたいんだ」
会計近い飲み会の後半で、ろれつの回らない友人にこんな面倒な質問をされたとき、僕はきちんと真剣に悩む。酔っ払いの質問なんて、そんなのテキトーに答えておけばいいものの、30代も中盤となった僕はそう簡単には答えたくない面倒な男になっていた。面倒な青臭い質問に面倒な青臭い答えを返すのが、面倒なアラフォー世代の青春のかたちである。
そして導き出された僕の「理想の生き方」は、「ふと逃げ出したくなったときに、沖縄の離島へ逃げられるくらいの時間とお金と心の余裕を持った生き方」だった。そして事実、僕は日々自分の生き方を見つめ直す際に、この指標を自分自身に問う。毎回「いや、そんな時間ねえな」「その金あったらローン返すわ」なんて答えになるのだけれど。
まだ結婚したばかりのある朝、僕はシャワーを浴びながら現実から逃げ出したくなった。逃げ出したくなるのはいつも決まって出勤前のシャワーを浴びているときで、頭を拭けばそんな煩悩も一緒に拭い去れるのだけれど、その日は頭をいくら拭いても煩悩が落ち切らなかった。
「ああ……沖縄に行きたい。離島のビーチでシークヮーサージュース飲むんだ俺」
そう奥さんに愚痴ると、奥さんはその場でパソコンのキーボードをパタパタと叩き、航空チケットを予約してしまった。僕が服に着替えて家を出る頃には、馴染みの民宿までおさえてしまった。そして数日後には、沖縄の離島の港でシークヮーサージュースを飲みながら釣り糸を垂らす僕らがいた。
どんな生き方がしたいか。それが夫婦で合致しているというのは非常に心強い。そして、釣りの腕が確かな奥さんが隣にいることも、非常に心強い。
逃亡先の島での夕飯には、立派なアジの塩焼きが2尾並んだのだった。
つづく