【第二十六話】素直な気持ち
新しい年が始まったばかりの土曜日の朝。
朝食を終えた子どもたちは思い思いにゲームをしたり、歌をうたったりしている。無邪気な風景ではあるのだけれど、せっかく寝かしつけた赤ちゃんが起きてしまうのではないかと、ひやひやしながらそんな光景を眺めていた。
いつも一緒に遊んでくれる長男が部活でいないこんな日は、双子は喧嘩ばかりでいっそうにぎやかだ。
寝ている赤ちゃんの寝顔を見た妻が、赤ちゃんの額に手を当て、少し考えこんだ顔で僕に話しかけた。
「ちょっと熱っぽいかもしれないから、みんなで買い物に行ってきてもらってもいい?」
ここ数日、急激に冷え込んだり温かい日があったりと、寒暖の差が激しかったこともあり、妻もどこか元気がないように見えた。あわただしい年末年始の疲れが溜まってしまっていたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、妻からハリネズミのイラストが描かれた買い物のメモを渡された。
「買い物のついでに少し2人と遊んでくるから、少し横になってゆっくりしてね。公園と、せっかくだから久しぶりに図書館にも寄ってこようかな」
「ありがとう」
妻に少しソファで休むように言った後、残りの洗濯物を干し、彼女の好きなレタスたっぷりの炒飯とスープを作り、子どもたちと家を出た。
公園は子どもたちでいっぱいだった。
砂場は家族連れであふれかえっていて、太陽の光が冬の寒さを忘れさせてくれるくらい温かく感じた。
息子は学校の同級生をみつけたようで、楽しそうにしている。娘は鉄棒の練習をしたり、ジャングルジムを器用にのぼってこちらに手を振ったりしている。
少し時間が経ったころ、なんとなく、いつもより元気がない2人に気づき、声をかけてみることにした。
朝食が足りなかったのだろうか…2人のおでこに手を当てると、ほんのりと熱い感じがした。
どうやら熱があるようだ。
「さっきまで元気だったのに・・・」
図書館は諦めて急いで家に帰り、2人を寝かしつけた時、部活に行ったはずの長男がずいぶん早く帰ってきた。
「あれ?今日は部活なかったの?」
「インフルエンザで部員が少なくて中止になった」
「そうか。定期演奏会の前なのに大変だ」
「僕も熱っぽいからベッドで寝てくるね」
どうやら、6人家族の我が家で5人が風邪を引いてしまったようだ。
娘は僕を見つめ「どうしてパパは元気なの?」と不思議そうな様子だった。
妻に無理をさせたくないので、みんなに代わって6人分の家事をこなすことにした。
トイレやお風呂、洗面台はいつもより気合たっぷりで綺麗に仕上げてみた。
妻が全てを当たり前のようにやっていることが、どれだけ大変か痛感する。
心配になったのか、熱っぽい顔をした妻が寝室からのそのそと出てきた。
「負担かけて、ごめんね。ありがとう。すごくたすかるなぁ」
「あ、すごい。いつもより綺麗になってる」
「ごはんを作ってくれてありがとう」
と言ってくれた。
なんだかいつもよりも優しい言葉をかけてもらったような気がして驚いていると、心の中をのぞいたようにゆっくり笑ってこんなことを話してくれた。
「前にパパとお兄ちゃんが風邪引いた時のこと覚えてる?」
「うん。2年前かな」
「大変だったけど、君はいつもよりありがとうって言ってたでしょ」
「そうだっけ?」
「体が弱っているときは、いつもより素直になれるような気がしない?」
「うん。そうかもしれないね。」
妻をもう一度寝室へと送り、残った家事を片付けるべく腕をまくった。
もしかしたら久しぶりに「好き」という言葉が聞けるかもしれないから。