【第二十四話】クリスマスのこたえあわせ
冬の明け方はとても冷え込む。起きなくてはいけないと分かっていても、ベッドの温もりを抱きしめたくなるが、リビングからコーンスープとトーストのいい匂いがしてきた。朝が苦手な妻が珍しく早起きして朝食を準備している。しかも機嫌がいい。
不思議に思っていると、冬の朝日も顔負けのまぶしい笑顔で小さな封筒を手にした妻に起こされた。
「届いたよ!招待状!」
「もしかしてクリスマスパーティーの?」
送り主は、僕たち3人が家族になったみなとみらいの結婚式場だ。
ここでかつて結婚式を挙げたカップル、そして近い未来に夫婦になるカップルが年に一度、この場所に集いパーティーをするのだ。
「今年も楽しみだね」
「うん。懐かしい。あのプランナーさんは、まだいるかな」
「いてくれるといいね!何回でもお礼を言いたいから…」
「思い出に残る結婚式にしてくれたもんね」
朝食を食べながら会話をしていると、子どもたちがのぞき込む。
「てがみ、サンタさんから?プレゼントわすれないようにいっておいて!」
「いい子にしてないともらえないよー。さぁ、はやく朝ごはん食べよう」
「お兄ちゃんよりはいい子にしてるもんねーー!!」
長男と双子の妹は、いつも仲良さそうに会話をしている。
リビングのすみっこには先週末みんなで飾ったツリーが置いてあって、ハリネズミがゲージの中から不思議そうに光るもみの木を眺めている。双子の弟は、赤ちゃんを抱えて嬉しそうにツリーのそばから離れない。
この冬は妻と出会って10回目のクリスマスだ。
ここだけの話。どうしても結婚式を挙げたいと、わがままを聞いてもらったのは僕だった。
彼女のウエディングドレスを見たいと、結婚式場のパンフレットを持って帰った。
少しだけ迷っていた彼女も、しばらくするとパンフレットに手をのばし「もう一度、ドレスを着てもいいのかな・・・」と戸惑いながら笑っていた。
翌週、2人ではじめて一緒に出かけた思い出の場所、みなとみらいにある結婚式場をいくつか見に行くことにした。思い出と記憶をたどるように散歩する昼下がり。
「ここで買ったクレープの味、君はおぼえてる?」
「えっー…イチゴチョコかな…?」
「あー忘れてる。僕はちゃんと覚えてるよ」
出会ったころの話をしながら歩いていたら、目的地の教会までずいぶん時間がかかってしまった。
10年前の僕らは、いままでお世話になった人たちをできる限り招待したかった。
そんな人たちと、どんな場所でどんな形で幸せな時間を過ごすのがいちばん良いのか、考えだしたらキリがなかった。あっという間に時間は過ぎて最後の式場を見終わった時、あたりはイルミネーションで輝く夜の港町になっていた。幼い長男を背負って、手を繋いで歩いた。
「ねぇ、何番目の式場が一番良かった?」
「うーーーん悩む…。じゃあ、言い合いっこしようよ」
「いいよ!」
『せーーーの…』
『2番目!』
「だよね!僕も!3人の結婚式って言ったら、すごく相談にのってくれたもんね!」
「うん。それに1年に1度、クリスマスパーティーがあるのがすごくいいなって」
「そんなこと言ってた?」
「もー、ちゃんと話聞いてなかったわね!」
「せっかくなら、もう結婚式の日を決めて予約しちゃおっか」
「ええっ。はやくない?」
翌日、奇跡的に空いていた大安の土曜日を仮予約することが出来た。
ぼんやりとしていた結婚式のイメージが突然具体的になって、おかしくて笑ってしまった。
結婚式を挙げるというのは想像していたよりもずっと大変だった。
準備が進むにつれ、誰を呼べばいいのか、どんなネームカード、ブーケ、ウェルカムボードにするのか、ひとつひとつ、本当に細かい所まで2人で話し合いながら決めた。
2人の意見が合わなくて、ケンカしそうになった時は、プランナーさんが僕たちの意見をまとめてくれて、その中でお互いのことを今まで以上によく知ることができた。
結婚式を挙げてよかった。
終わってみると、たくさんの思い出であふれていた。
今年のクリスマスパーティもたくさんの家族でにぎわっていた。流行りのプロジェクションマッピングや、ウエディングスタッフさんのフラッシュモブを見ながら食べる豪華なビュッフェ料理とクリスマスケーキ、年に一度、この日くらいにしか飲まないシャンパンは、結婚式の日と変わらず、舌がとろけるような美味しさだった。
パーティが終わる間際、スタッフさんたちがチャペルに案内してくれた。気をきかせてくれたのか、プランナーさんがベビーカーをおし、子どもたちを誘導して、夫婦が2人になる時間を作ってくれた。
「懐かしいね。結婚式を思い出す」
「あの日、僕の指輪が入らなくって、すごい焦ったよね」
「あったねー!パーティーの挨拶かんじゃったりね」
「緊張してたから…サプライズの『パパへの手紙』でぼろぼろ泣いちゃったし」
「いろんなことがあったね。あの日々のこと」
「たくさん喧嘩もしたもんね」
「うん。きっと忘れないね」
家族になることを誓った10年前のこたえあわせをするように、
「あの日のこと覚えてる?」とお互いに問いかけて大切な何かを確かめあう。
「そろそろ行こうか」
繋いでいた手を妻の肩におくと、ふと目が合って自然に唇が重なった。
「恋人同士の時を思い出すね」
「うん。でも恥ずかしいな。入り口のカップルが見てる」
「えっ早く言ってよバカ!」
笑いながら恥ずかしそうに教会を出て、子どもたちを迎えにいく。手を繋いだまま。
また来年もここにこよう。
またここで、2人だけのこたえあわせをしよう。