【第二十話】朝の公園

2017/10/20 UPDATE

ふとカレンダーを見ると、そこには大きく「運動会」の文字があった。
もう今年もこんな季節になってしまったのかと思いながらも、何かとイベントごとの多い秋がやってきたことに少しだけワクワクしている自分に気付いた。いくつになっても、お祭りは楽しいし待ち遠しい。

ここ数日、小学生の双子たちは、朝早くに起きてリビングで踊りの練習をしている。

「まだ5時なんだけど、早起きして朝練かな?」
「パパおはよう!もうすぐ、うんどうかいだよ」
「もうバッチリ?」
「バッチリ!ちょっとみてて」

2人に手を引かれ、ソファに座ると2人とも元気に踊りだした。
iPodを操作して音楽を流す。両手を振ったり、しゃがんだり、ターンをしたりと忙しい。最近はじめたばかりなのに、毎朝少しずつ上達して2人の息も合ってきたように思う。子どもが何かを覚えるスピードは、本当に早いのだ。


「パパちゃんとみてたー?」
踊りを終えた2人が決めポーズのまま言う。

「上手だね。バッチグーだよ」
「バッチリグーってなにー?」
「よし!みんなが起きてくる前に3人で公園に行こうか」

まだ寝ている赤ちゃんと妻、長男への置き書きだけ残して、3人で外に出る。
ぐっと気温の下がった10月の朝の冷たい空気を吸い込むと、ぼーっとしていた頭も少しずつさめてきた。2人が風邪をひかないように、少し厚手のトレーナーを着せておいてよかった。
住宅街を抜けると荒川が見える。さらに少し歩くと風車が象徴的な大きな公園についた。早朝なのにジョギングや犬をお散歩する人たちで公園はにぎわっていた。

双子を妊娠した妻が入院していたころの話だ。当時小学校1年生だった長男は、毎朝不安そうな顔をしていた。一番楽しみにしていた妻も心配していた。

そんな長男の笑顔が見たいと思い、だれよりも長男の晴れ舞台を楽しみにしていた妻のくやしさを少しでも紛らわせるため、朝からお弁当を作り場所取りのために学校の正門に並んだ。

運動会にいつもの手作り弁当ではせっかくの楽しみが半減してしまうと思い、前日の夜はインターネットのレシピを参考にして四苦八苦しながらキャラクターの可愛いお弁当を作ったのだった。

子どものころ、当然のように口にしていた運動会のお弁当は、こんなにたくさんの時間と手間が必要なものだったのかと、母親の苦労をこの歳になってしみじみと感じた。

運動会の最中は、一眼レフでひたすら写真を撮り、夢中になってハンディカムで録画して筋肉痛になってしまった。

運動会が終わった後は、急いで帰宅し2人でシャワーを浴びて妻のいる病院へ向う。妻と3人で録画した50メートル走や楽しみにしていた踊りをみんなで見る。慣れない一眼レフで撮った写真も、手ブレでガタガタのショートムービーも妻は笑いながら見ていた。いつか彼が結婚するときの余興の材料にでもなればなと密かに期待したりした。

朝早くから公園を走り回った双子はトレーナーを脱ぎ、短距離走の練習をするために、開けた場所に向かった。

「パパ!スタートのあいず、やって!」
「オーケー!じゃあ、もう少し後ろにさがって?それじゃあ、いくよー」
「はーい」

「1年生男子50メートル走です!ヨーイ…ドン!」

スタートで少しよろめいたあと、スピードにのった息子はぐんぐんと加速していく。
いつの間にこんなにはやく走れるようになったんだろう。どんどん近づいてくる息子に、小さかったころの長男の姿が重なった。

中学生になり、たくましくなった今の長男からは想像が出来ないくらいだけれども、妻が入院していたあのころ、長男はいつも不安そうに「ママだいじょうぶかな」と口癖のように言っては心配をしていた。
朝早く目が覚めた時、夜中にこわい夢をみて起きた時、いつも隣にいてくれる大好きなママがいない長い長い時間は彼にとって本当に不安でつらいものだったのだろう。何度も泣きながら起きては、僕の毛布にもぐりこんできたことを覚えている。泣き止まない長男の気分を変えてあげようと散歩に連れ出してきたのも、こんな早朝の公園だった。

「ほんとうに、あっという間だなぁ」

50メートルを走りきった息子が僕の左足に抱きついた。
この子はいつまでこうやって、飛びついてくれるだろうか。

「パパ!まだなの?わたしのスタートも、はやくいってくださーい!」
そんなことを考えていると、娘がいまかいまかと順番を待っていた。

「ごめんごめん!ほら、もっと後ろにさがって。いくよー」
「はーい!!」
「1年生女子50メートル走です!ヨーイ・ドン!」

髪を二つ結びにした娘がこちらへ走って向かってくる。お兄ちゃんと比べると少し不器用な走り方だけれども、僕との距離はまたたく間にどんどんと無くなっていく。結んだ髪が風を受けて後ろに流れる。

もう少しゆっくり、少しずつ、大きくなってほしいと考えてしまうのは親のわがままだろうか。
視界がぼやけたのは、舞った砂ぼこりが目に入ったからに違いない。



少しだけ息のあがった2人は、歩きながら運動会のお弁当の話をしていた。
どのキャラクターのキャラ弁が良いとか、リボンとハートでとにかく可愛くしたいだとか、たくさんの注文があるようだ。苦労した長男と2人の運動会から数年、僕の作るお弁当のクオリティは年々上達してきたと我ながら思っている。
少し注文の多い小さなお客様たちの希望を聞きながら、必要な材料と、どんなレイアウトにしようかなんてことをぼんやりと考えていた。

突然、娘がこちらに向かって走り出したので、少し身をかがめて両手を広げて飛び込んでくるのを待ったが、さっそうと僕の隣を走り去っていった。

驚いて後ろを見ると、全速力で走ってくる娘を、僕と同じように身をかがめて抱き留める長男の姿が見えた。

「朝から楽しそうだね。いまのパパのビックリした顔、バッチリ動画に撮ったからね」
長男の隣で、赤ちゃんを抱いた妻が言った。


今年の運動会はにぎやかになりそうだ。
たくさんの表情を撮れるように、いまから一眼レフの練習をしようと思った。

投稿者名

shin5

都内で働く会社員。Twitterに投稿した日常ツイートが話題となり、22万を超えるフォロワーから注目され、2015年に漫画化した。「結婚しても恋してる」「いま隣にいる君へ。ずっと一緒にいてくれませんか。」は異例の15万部を突破し、仕事を続けながらWebメディアへの連載、執筆活動もスタート
Twitter:https://twitter.com/shin5mt