短くてあたたかな冬の夜に
(妄想上での)恋人との会話やしげみさんの思いやりがあたたかい、大好評のラブリーエッセイ。
夏が終われば後は年の瀬に向けて一直線。寒くなる季節に、しげみさんと愛する”あの人”はどのようにお互いの心を温め合うのでしょうか。加速する二人の愛から目が離せません!
Shin5さんのファミリーエッセイ×Dr.しげみの異色コラボ!!今回限りで登場です!!
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
仕事で毎日忙しく、一週間、一カ月、そして一年はあっという間に過ぎてしまう。
今年の夏は夏らしいことを一切できずに終わってしまったな…と考えながら、休憩時間、外の空気を思いっきり吸い込んだ。
鼻の奥がツンと刺さるように冷たい。気づいたら、外の空気からすっかり冬の匂いがした。
私はワクワクしていた。なぜなら、季節の中で冬が一番好きだからだ。
私には隆之介という同棲して2年目になる恋人がいる。
仕事が終わったあと、2人で一緒に帰るのが日課になっていた。
彼は仕事が終わるのが遅い私をいつも職場の近くの公園のベンチで待っていてくれた。そんな彼を遠くから少しの間眺めるのが私のささやかな楽しみだった。
友達からはよく変と言われるが、私は夜の人気がない駅のホームや冬空の下でひとり寒そうにしている男の人を遠くから眺めるのが小さい頃から好きだった。
私のことを考え、寒さに耐えながら待っていてくれる彼の姿はそれはもう私にとって格別で、それを眺めている時間がとても幸せだった。
12月のある日、私は溜まっていた仕事を残業して終わらせて急いで会社を出た。
お昼休みに、「今日は凄い寒いし、先に帰っててね。」とLINEをしたら、「(^^)」とだけ返信があり、少し気になっていたのだが、私の勘は的中した。
寒空の下、隆之介はいつもの通りベンチで待っていてくれたのだ。
「こんなに寒いのに…先帰ってって伝えたのに…風邪ひいたらどうするの!?」と呆れながらも、彼の優しさに心がホッと温かくなるのを感じた。
深みのあるネイビーのショート丈のダッフルコートに、細身の黒いパンツを履いて、首にはふわっとライトグレーのマフラーを巻き、黒縁メガネをかけていた。
眉間に皺を寄せながらコートのポケットに手を入れたり、擦ったり、口元に持ってきて息を吹きかけたり、吐いた息が白く冬の空へ消えていく。その様子がなんだかとても美しくて、時間を忘れてつい見惚れてしまった。
もう少し眺めていたいという気持ちを抑えながら、これ以上待たせてはいけないと私は彼の元へ急いで駆け寄った。
「もう。先に帰ってって言ったのに。風邪ひいちゃうよ」
そう伝えると『俺、冬の夜の公園好きなんだよね、えへへっ』と彼は子供のように笑った。雪のように白い彼の鼻の頭は寒さで少し赤く染まっていた。
「いつも待たせちゃってごめんね。寒いし、早く帰ろ」
と私が言うと、突然右手をやや強引に引っ張られ彼のポケットに入れられてドキッとした。
指先に何か硬いものが当たる。キョトンとしていると彼はまた子供のような顔で『なんでしょう〜?』と言ってきた。
「え?なになに?」
『…はい、時間切れ〜!正解は〜…じゃじゃ〜〜ん!!』
彼のポケットから出てきたのは、缶のおしるこが2つだった。
『えへへ、これおいしいよね』
そう言って彼がくれたおしるこの缶はひんやりと冷たくなっていた。温かいおしるこが冷たくなるまで、寒い中待っていてくれたのかと思うと、胸がいっぱいになって、私は無言で彼のマフラーに顔を埋めながら強く抱き締めた。
『なんだよ〜そんなにおしるこが飲みたかったの?』
「…ごめんね、ありがとう」
『なんか今日はやけに素直じゃん』
「どういう意味よ〜」
『ハハハハハッ』
167cmの私と同じ身長の彼の頭をクシャクシャッと撫でると、冬の夜風と街灯の光で彼の黒髪がキラキラと光ってみえた。
『缶のおしるこってさ、缶の底に残った小豆がなかなか出てこなくてさ、缶の底をポンポンって叩きながら飲むの、なんかそれが“““冬”””って感じするよね!』
と彼は缶のおしるこをひと口のんで、無邪気な笑顔でそう言った。
私も缶のおしるこを飲みながら空を見上げると沢山の星が見えた。
『来年もこうやって一緒に缶のおしるこ飲もうね』
私がまさに考えていたことが、彼の声で聞こえてきて驚いた。同じ景色を見て、同じ瞬間に同じことを思っていてくれたこと、そして、それを言葉にして伝えてくれたことが嬉しかった。
「そうだね。じゃあ再来年は私が缶のおしるこじゃないやつ買ってくるから!楽しみにしててね!」
『あ、コーンポタージュでしょ?』
「だから私の心の声、読まないでよ!」
『何言ってるの?ハハハハハッ』
「コーンポタージュも底に残ったコーンがなかなか出てこなくて、冬って感じするでしょ?」
『じゃあその時はどっちが早くコーンが出てくるか競争ね!』
冬が深くなるにつれ、夜の時間がながくなっていく。それでも彼といる夜はどんな季節の夜よりも短く感じる。
日は暮れて外の温度はぐんぐんと下がる。それでも彼といる冬はどんな季節よりも暖かく感じた。