愛されノエルとshin5のあたたか暮らし!
ご家族との会話やshin5さんの思いやりがあたたかい、大好評のファミリーエッセイ。
今回はポンデ☆あくびさんと連載テーマを取り換えての特別編をお届けします。
その名も「愛されノエルとshin5のあたたか暮らし!」
「私ね、最近ハリネズミのことが気になるんだよね…」
2年前の秋、夕食後にふと妻がそう話しかけてきた。
洗い物をした後にノートパソコンを持ってきて、ハリネズミの画像と動画を僕に見せてくれた。
まじまじとハリネズミを見るのは人生で初めてのことだった。背中はトゲトゲとしたハリで覆われているけれど、前から見ると思っていたよりも丸いフォルムをしている。顔の真ん中くらいにちょこんとした黒い目が二つ並び、鼻の周りをペロペロと舐めている。
短い手足を一生懸命に動かして歩き回り、立ち止まると鼻をクンクンと動かした。
「ね?可愛いでしょ?」
「確かに可愛いね!けど、どうしてハリネズミなの?」
「えー?だって背中はツンツンしてるのに、お腹は柔らかそうでギャップ萌えというか…。なんとも言えない可愛らしさがあると思わない?」
「なるほど。ギャップ萌えね。分かる気がする」
「今度一緒に見に行ってみようよ!どこか近場で見れるかな…」
「インコとか爬虫類も置いているような、大きいペットショップならいるかもね。」
調べてみると、犬や猫に比べて数は少ないものの、都内にもハリネズミを扱っているペットショップはいくつかあるようだ。
ごはんは何を食べるのだろう。どれくらい長生きして、病気にかからないためにはどんなお世話をしたらよいのだろう。夜行性だとしたら、昼間はずっと寝ているのか、室温はどれくらいが適切なのか、調べているうちに深夜になっていた。
「もう今日は遅いし、とりあえず見てから決めようか」
その週末から、僕たちのハリネズミ探しが始まった。
訪れたペットショップにはたくさんの動物がいた。犬や猫はもちろん、店の奥には熱帯魚やインコ、ヘビやトカゲもいて、動物園さながらの店内だった。
「あの、ハリネズミを探しているんですけど…」
エプロンを着た優しそうな店員さんに、妻がさっそく話しかけた。
「ちょうど今ハリネズミが1匹いますよ。触ってみますか?」
そう言うと、店員さんは僕たちを奥のエリアへ案内してくれた。インコやオウムが鳴いている通路を抜けると、奥に、ウッドチップが敷き詰められた小さな水槽が1つあった。水槽の中を温かい照明が照らしている。中を覗き込むと、すみっこのほうにトゲトゲとした茶色い毛の背中が見えた。夜行性だから昼間の時間は眠いのかも知れない…。
店員さんは、透明のプラスティックケースを持ってきて、その上にハリネズミを乗せた。すると、犬や猫を見ていた子どもたちも、こちらに気がつき、不思議そうな顔をして近づいてきた。
ケースの中で、茶色くて大きなトゲトゲの物体がもぞもぞと動いていた。丸まっていて、顔を見ることはできない。そっと店員さんが手をのばして、水を両手ですくう様にはりねずみを持ち上げると、手の中でゆっくりと動きだして小さな鼻を見ることができるようになったあと、少しずつヒゲが見え、瞳が見え、最後にはピンと立った耳を見ることができた。
「かわいい!なんか怒ってるけどかわいい!」
初めて間近で見るハリネズミは生後1歳で、想像していたよりも大きかったし、動画で見たそれよりも、何十倍も可愛らしく思えた。
「触ってみますか?ゆっくり触れば痛くないですよ」
「あっホントだ。ちょっぴりチクチクするけど痛くないかも」
妻が優しくなでると、ハリネズミは眠そうな顔を床に伏せた。
続いて、子どもたちも興味深々に手をのばしたが、驚かせてしまったのか針が逆立ち、指に刺さってしまった。
「パパ!いたい!せなかのトゲトゲがいたい!」
娘ははしゃぎながら手を後ろに隠して、反対の手で指を抑えながら痛そうにしていた。
ハリネズミは素知らぬ顔でクンクンと鼻を動かしている。黒々とした目と高い鼻は少しだけ、妻の横顔に似ているように思えた。
店員さんから、ハリネズミの習性や、飼育するためのヒーターや床材など丁寧に教えてもらった。ごはんも、ペットショップで数多くそろえてあることがわかり、少しだけ安心した。
レクチャーが終わるころには、娘もハリネズミの扱いに慣れたようで、手のひらに乗せて様子を眺めていた。娘の手のひらの上のハリネズミはその小さな前足をちょこんと出してじっとしている。
店員さんから、お腹の毛は背中と異なりとても柔らかいのだと教えてもらったようだった。
「ただ、このハリネズミさんは、もう家族が決まってしまっているんです」
「そうなんですね…またあたらしいハリネズミさんが来ますか?」
「来週、生後2か月のハリネズミさんたちがお店に来ますよ」
「パパ!その子を迎えにいこうよう!」
「そうだね!じゃあ、また来週みんなで来てみようか」
帰りに近所の本屋さんへ寄り、ハリネズミと暮らすためにはどうしたらいいか、何冊か参考になりそうな本を買って帰ることにした。
翌週末は緊急の仕事が入ってしまって、ペットショップに行くことはできなかった。代休をとって月曜日に、妻と二人でハリネズミがいたペットショップに行くことにした。
11月だというのに、店内では気の早いクリスマスソングが流れている。
「こんにちは。まだハリネズミさんはいますか?」
先週の店員さんが笑顔で迎えてくれた。
「いますよ!先週見ていただいた子と比べると、少食なのでまだまだ小さいですけれど…手に乗せてみますか?」
「はい!」
そういうと、店員さんは、妻の手のひらに小さなハリネズミをちょこんと乗せた。妻の両手の中で少しだけ歩きまわり、お腹とあごを親指に乗せてくつろいでいた。
「可愛い…。ねぇ、きみ、今日から我が家でくらしてみない?」
ハリネズミは不思議そうに妻を見上げて、小さな鼻を少しだけクンと上下に動かした。その仕草が妻の言葉に「うん」と、答えてくれたように思えた。
クリスマスツリーを出し始める店員さんを横目に、妻が嬉しそうに僕を振り返った。
「ねぇ、名前はノエルっていうのはどうかな」
「いいね。元OASISのノエル・ギャラガーからつけたの?」
「ううん。フランス語でクリスマスをノエルっていうし、男の子はノエルって名前が多いって聞いたことがあるの」
「へぇー。初めて聞いた。どうしてそんなこと知っているの?昔、フランス人と付き合ってたとか?」
「んー実はね。って嘘だけど。びっくりした?」
「びっくりした。元カレとアモーレした話が出てきたのかと思った」
「そんなわけないじゃん!しかもアモーレはイタリア語だよ!もしかして、アバンチュールと勘違いしてない?」
「…」
妻と会話している間も、手の中にいるハリネズミはお構いなしでくつろいでいる。
さあ帰ろう。子どもたちのビックリする顔が楽しみだ。