〇〇なときは映画に逃げろ!! ~第1回 夏をあきらめられないとき~ 先攻:加藤よしき「エリート・スクワッド(’07)」
地獄のサンバ・カーニバルへようこそ!
映画――それは人類が生み出した偉大なエンターテインメントであり、最も身近な芸術であり、そして、ままならない人生からのすばらしい逃避行である――
そんな映画の魅力を広~く深~く伝えるべく、ギークでナードな映画オタクの2人が今、立ち上がる!!
毎回ひとつのテーマに沿って、男性オタク・女性オタクそれぞれの視点から1作品ずつチョイスし、見どころを存分に語っていただきます。
今回のテーマは「夏をあきらめられないとき」。
ああ、何もしないままに今年も夏が終わってしまった......海にも行きたかった、フェスにも行きたかった、ひと夏の恋も、してみたかった......そんな後悔を、そのままにしておいていいのでしょうか?今一度、夏をこの手に取り戻し、ひと花咲かせてみませんか?
記念すべき第1回目の先攻は、会社員のかたわら映画ライターとしても活躍する加藤よしきさんが、「エリート・スクワッド(07)」をご紹介くださいます。
この週末はしばし現実を忘れ、映画が織りなす豊かな別世界へと飛び込んでみてはいかがでしょうか!?
ひと味ちがう映画コラム、はじまります。
1 現実から目を逸らせ!31歳男性からの提案!
唐突ですが、皆さんは現実からちゃんと目を逸らしていますでしょうか?現実逃避というと悪いことのように思われがちですが、ままならない人生と付き合っていく上で、ある程度は絶対に必要だと思っています。いや、もちろん目を逸らしっぱなしはダメですよ。風邪をひいても元気と言い張るとかもダメです。そういうときは現実を直視して、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT(’06)』の妻夫木ばりに病院へGO!……と、そういう極端な例は除くとして、実際、現実ばっか見てると疲れるじゃないですか。「イヤじゃ、私は現実ばかり見たくな~い!」(『羅生門(’50)』の坊さんのように)。
ゲームは1日1時間!現実と向き合うのも1日1時間!「人生は戦いだ』」といいますが、格闘技だって、相手と離れるときは離れます。往年の名勝負、高山善廣VSドン・フライのようにガンガンに殴り合う生き方は普通じゃありません。あの試合は総合格闘技の歴史でも特別なシーンです。異例中の異例と言っていいでしょう。
話が逸れてしまいましたが、とにかく私は現実逃避のために映画を見ています。映画に逃避することで生きながらえてきたと言っても過言ではありません。
かつての勤務先で3か月間、毎日穴を掘っては埋め、また掘っては埋めるみたいな終わりの見えない作業を命じられたことがありました。そんな辛い境遇を乗り切るため、『クローズZERO(‘07)』を通算100回見ました。そして上司の目を恐れながら、「今日から、鈴蘭だ」とすっかり覚えてしまった名台詞を呟いては「俺は小栗旬だ、怖いものなど何もない!」と暗示をかけて乗り越えたのです。その頃ほど酷くはありませんが、今でも仕事で理不尽な目に遭う度に映画へ逃げ込んでいます。この連載では、そんな私が毎回テーマに沿って映画……というか、今まで訪れた逃亡先の中から「あそこ、いい感じだったよ」と思った作品をご紹介します。もしもあなたが2時間くらい現実から逃げ出したいとき、私の記事とご紹介した作品が逃避行の一助になれば幸いです。
今回のテーマは『夏をあきらめられないとき』。ということで私からは、『エリート・スクワッド(’07)』というブラジル映画をご紹介します。
監督・脚本:ジョゼ・パジーリャ
販売元:トランスフォーマー(http://transformer.co.jp/)
DVD:http://amzn.asia/i88cIXw
視聴可能サイト:Netflix(https://www.netflix.com/)
2 地獄のサンバ・カーニバルへようこそ!
(c) 2007 Zazen Produções Audiovisuais Ltda. / Universal Pictures International B.V. / Posto9 Produções Ltda. / Estúdio Mega Ltda. / Quanta Centro de Produções de São Paulo Ltda. All rights reserved.
直視せよ!エリート・スクワッド3大衝撃ポイント!
その1.髑髏―カベイラ―を掲げる黒衣の軍団と、世界で一番陽気な地獄
その2.映画史に残る鬼教官 ナシメントさん
その3.昼飯は10秒!メニューは残飯!地獄の“BOPE新人合宿”!
夏といえば暑い、暑いといえばブラジル。ブラジル映画はまさに、夏真っ盛りなフィーリングでしょう。今回のテーマには最適です。編集さんも即座にOKをくれました。本当に大丈夫なのでしょうか。
さて!舞台となるのはブラジルの大都市リオ・デ・ジャネイロ。サンバ・カーニバルで有名な街ですが、同時に傑作『シティ・オブ・ゴット(‘02年)』で「世界で一番陽気な地獄」と表現された犯罪多発地帯でもあります。警察の多くは薄給に苦しんでおり、ギャングと組んで汚職に手を染める者も多いと言われています。そんなリオのスラムで髑髏の旗を掲げて犯罪と戦うのが特殊部隊BOPE(ボッピ)です。
その1.髑髏―カベイラ―を掲げる黒衣の軍団と、世界で一番陽気な地獄
大切なことなので初めに書いておきます。このBOPEという最恐部隊はなんと実在し、なんならInstagramにアカウントまで持っています。インスタと言えば食事やセルフィーなどの華やかな日常風景が並ぶイメージが一般的ですが、BOPEのアカウントは少し違います。そこに並ぶのは押収した薬物や銃器、犯行現場などの殺伐とした「日常風景」です。
(以下にリンクを貼りますが、不意に過激な画像が目に飛び込んでくるかもしれませんので、閲覧に注意してください。また、あまりに多くリンクを踏まれると要らん事を書いているのがBOPEにバレて、連載と私が消えてしまう可能性がありますので、ご配慮ください。詳細はInstagramにて「bope.oficial」で検索!)
たとえば文字通り勝負服のこれ。髑髏マークがオシャレですね。
こっちはお仕事中でしょうか。背景と真っ黒な服のコントラストが、う~んオシャレ!
……このようにBOPEはゴリゴリの武闘派集団であり、凶暴なギャングも裸足で逃げ出す文字通りのエリート部隊(スクワッド)。本シリーズの主人公は、そんなBOPEの隊長・ナシメントさんです。ちなみに何故ナシメント「さん」といちいち敬称をつけるのか、これはもう観れば分かります。間違っても呼び捨てはできません。
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その2.映画史に残る鬼教官 ナシメントさん
物語は97年のリオで幕を開けます。ナシメントさんは犯罪との飽くなき戦いに嫌気がさしていました。汚職警官とギャングが一緒の場面に出くわせば、「どっちも殺そう」と雑な指示を飛ばすまでに疲れ果て、遂に自身の後継者を見つけて引退することを決意します。序盤はナシメントさんの仕事風景、中盤は彼主催のBOPE新人合宿、クライマックスは「後継者」が完成するまで。要は退職するナシメントさんの仕事の引き継ぎの話です。こう書くと地味ですが、その業務内容が凄すぎるので画面から目が離せません。白眉は中盤の新人合宿です。
その3.昼飯は10秒!メニューは残飯!地獄の“BOPE新人合宿”!
新人シバキ映画と言えば、名作『フルメタル・ジャケット(’87)』、日本にも『海猿(’04)』などがありますが、BOPEはそれらの比ではありません。開始と同時に参加者全員がナシメントさんらに理由もなくボコボコに殴られます(ナシメントさん本人も「BOPEは外から見ればカルトだ」と語ります)。ナシメントさんは終始ブチギレ続け、昼食の時間は10秒、メニューは残飯。最終試験はギャングとマジ銃撃戦など、まさに壮絶の一言です。そんな合宿を耐えた新人は現場に投入されるや、週に30人のギャングを殺しまくる精鋭と化し……。物語は一応フィクションとなっていますが、BOPEの実態は限りなくノン・フィクションだそうです(原作小説にはBOPEの人が関わっています)。
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凄い話ですが、さらに凄いのは本作が現地ブラジルで爆発的なヒットを飛ばしたことでしょう。YouTubeを探すと、歌番組で大歓声を浴びながら主題歌が披露されている様子が確認できますし、先ほどご紹介したBOPEのInstagramには、マラソン大会や市民との交流の模様もアップされています。私はギャングと同じくらいBOPEが怖いのですが、本国ではちょっと違う形で受け止められているのかもしれませんね。そんな大好評を受けて、数年後に続編が作られました。それが『エリート・スクワッド/ブラジル特殊部隊BOPE』です。
3 ナシメントさんは“夏を諦めない”!戦う者たちへの血みどろの応援歌!
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続編となる2の舞台は前作から3年が経った“現在”、つまり公開された2010年へと移ります。が、主人公は引き続き、元・鬼教官のナシメントさんです。無事に引き継ぎを終えたナシメントさんですが、再び地獄へトンボ返り。人間関係は入り乱れ、騒々しさと情報量は苛烈する一方。しかし、監督のジョゼ・パジーリャ(現在NETFLIXオリジナルドラマ『ナルコス』を絶賛監督中)は見事な手腕で物語を紡ぎます。狂騒的かつ規則正しい、それはまさに地獄のサンバ・カーニバルです。
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そしてナシメントさんにもまた、大きな変化が訪れます。前作はナシメントさんが戦いを辞めるストーリーでした。社会の闇との戦いに疲れ果て、部下を殺人マシーンに育て、一線を退く。それが彼のやった仕事です。しかし、引退したナシメントさんがブラジルの闇と対峙したとき、かつての自分による「仕事」が、その闇を作っていた事実を突きつけられます。あの地獄の新人シバキも、社会の闇を形作るのにひと役買っていた。そしてナシメントさんは己の過去にケジメをつけるためにまたしても、修羅場へと身を投じるのです。
制作中にギャングと警察の両方から圧力を受けたという命知らずの本シリーズは、ブラジルの闇に斬り込む社会派映画として評価されました。しかし2作を通して観ると、別の側面が浮かび上がってきます。それはナシメントさんの再起の物語、理想と情熱に燃える「人生の夏」を過ぎた人物が、その心に再び火を点ける物語です。続編のラスト、ナシメントさんの総決算として象徴的に映し出される光景……ブラジルの青い空には、必ずや胸を打たれることでしょう。そして「ナシメントさんの真似はできないけど、1日1時間くらい、私も現実と戦ってみるか」そんな気分になるはずです。
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