【第十八話】以心伝心

2017/09/08 UPDATE

朝刊を見ると今日も「働き方改革」の見出しが載っている。
プレミアムフライデーや在宅勤務が進み、いずれはすべての人たちが自分の思い通りの働き方を実現して、大切な家族や友人との時間と両立しながら、充実した毎日を送れるように変わっていくという。

僕がしているシステムエンジニアという仕事は、夜や土日にメンテナンスをすることが多くある。毎日自分の好きなときに好きな場所で、という夢の働き方を実現するエンジニアもいるというが、僕にはもう少しだけ先になりそうだ。
昨日は終電ギリギリまで会社にいたので、身体が重い。

「パパ、今日も帰り遅いの?」
「今日は早く帰れるんじゃないかなぁ。どうかしたの?」
「もし早く帰れたら一緒にギター練習したいなって思って」
「いいね。久しぶりに弾きたいな」
「じゃあ約束ね」

去年のクリスマスにアコースティックギターをプレゼントしてから、長男は吹奏楽の部活の合間にギターをコツコツ練習している。長男が弾くコードにあわせて僕はとなりでベースを弾きながら男同士で話をするのが最近の習慣になっていたのだった。

「じゃあ、早く仕事をあがれるように、頑張ってくるね」

そういいながら、コーヒーを飲みほして洗い物をしている妻にマグカップを渡した。

「いってらっしゃい。あまり無理しないでね」
「ありがとう、じゃあ会社いってくる」
「遅くなるようだったら、連絡してね。昨日も心配したんだから」
「ごめんごめん。必ず連絡するよ」

朝の会議では、となりのプロジェクトの進行に遅れが出ていることが共有された。
年末にむけて進めている準備が思うように進んでいないようで、計画を大きく変える必要があることは明らかだった。自分にも経験がある。ゴールを後ろ倒しするか、体力のあるエンジニアを投入するか、どうにかしないと…と考えていると、上司に声をかけられ緊急会議に出席することになった。

「困っている時はお互い様だからな。俺たちも応援しようじゃないか!」
「そうですね!あのプロジェクトの支援だと、東北と北陸への出張が増えそうですね」
「私は寒いのが苦手だから行かないぞ。現地の指揮はお前に任せるよ!」
「課長、あいかわらずズルいですね…。」

会議室に向かいながら上司と冗談を言い合い、エレベーターに乗ると手帳を開いた。9月から年末までの予定を確認すると、見たことのある丸文字で、子どもたちの誕生日にしるしがつけてあった。落書きもある。このあいだ、手帳を開いたままリビングで居眠りをしてしまった時に、妻がしるしをつけたのだろう。パラパラとページをめくっていくと、結婚記念日や学校行事の予定にもオレンジ色のボールペンでしるしがついていた。僕が寝ている間に、妻が書いている姿を想像するだけで可愛い。上司と会議室に着いていることをすっかり忘れていて、ついクスりとしてしまった。

年末のプロジェクト計画がプロジェクターで映し出される。どうか家族の予定が被らないようにと祈るような気持ちで、妻の丸文字だらけの手帳に次々と仕事の予定を書き込んでいく。

白熱した会議が終わり、コンビニでサンドウィッチと野菜ジュースを買った。あまりにも課題が多く、どこから手をつけていいのか唖然とするばかりで、現実逃避するかのように昼休みは外でゆっくりしようと、久しぶりに緑の多い公園のベンチで座って食べることにした。ひとつめのサンドウィッチを食べたところで、これから少し忙しくなりそうなことを伝えるため、妻に電話をかけようとスマートフォンを取り出す。

「もしもし、いま大丈夫?」
「お疲れさま。どうしたの?また忙しくなりそう?」
「よくわかったね。うん、年末にかけて、すこし忙しくなりそうなんだ」
「そっか…。声の雰囲気でなんとなくわかったよ。朝の話が本当になっちゃったね」
「今日は早く帰れると思うけど、これからまた出張が増えそうなんだ」
「大変なんだね。パパ、頑張ってね」
「ううん。運動会とか、お出かけと重なったら、みんなに申し訳ないなぁ…」
「仕方ないわ。仕事なんだから」

電話をしながらまわりを見渡すと、一緒に働いていたころに、妻と昼休みによくお散歩していた場所であることに気がついた。2人でいるときは、仕事の話は避けるようにしていたけれど、その時から僕の口調や表情の微妙な変化を感じ取って、疲れていると笑顔で「仕事、忙しい?元気出して」と心配をしてくれた。その言葉が嬉しくて、昼休みが終わると仕事に集中できた。

「もしもし…もしもーし!」
「あっ、ごめん。ぼーっとしちゃった。今ね、一緒に働いているときに昼休みにいった公園のベンチでサンドウィッチを食べてるよ」
「だから、もごもごいっていたのかな?食べながら奥さんに電話するなんて…。」
「ごめんって。昔から、僕の声を聞いただけで仕事が忙しいとか当てていたなと思って。不思議だなぁって」
「旦那さんのことは、声を聞けばお見通しなんだから」
「さすがだなぁ」
「お願いだから無理はしないでね。いつも、頑張りすぎちゃう人だから」
「ありがとう」
「家族の予定も大切にしてほしいけど、困っている人がいるなら、しっかり力になってあげてね」
「うん。ありがとう」

電話を切って、残りのサンドウィッチを頬張った。電話で声を聞いただけなのに、となりに彼女がいるようなぬくもりが、身体をやわらかく包んでくれていた。

午後も頑張ろう。仕事を終わらせて家に帰ったら、一緒にお散歩をしながら僕のとなりを歩く彼女が、よく歌っていたあの曲を長男に教えてみようと思った。

投稿者名

shin5

都内で働く会社員。Twitterに投稿した日常ツイートが話題となり、22万を超えるフォロワーから注目され、2015年に漫画化した。「結婚しても恋してる」「いま隣にいる君へ。ずっと一緒にいてくれませんか。」は異例の15万部を突破し、仕事を続けながらWebメディアへの連載、執筆活動もスタート
Twitter:https://twitter.com/shin5mt