【第十四話】父親になること
ご家族との会話やshin5さんの思いやりがあたたかい、大好評のファミリーエッセイ。
この春にあたらしい家族を一家に迎えたshin5さん。
入院中の奥さんに代わって家を守りつつ、4人の子どものお父さんになる準備をひとつひとつ丁寧にこなしていきます。そして、久しぶりのお宮参り。その時shin5さんは何を感じたのでしょうか。
5月の末、僕たち夫婦は新しい命をさずかり、家族は6人になった。
僕と妻、中学生の長男と小学生の双子、そして、生まれてきた赤ちゃんだ。
赤ちゃんはすこしせっかちなタイプのようで、予定日より3週間はやく、この世界に顔を出した。
そんな小さな命の誕生を一番喜んだのは、はれて姉となった娘だった。
「赤ちゃん、女の子でよかったね。パパ」
「僕もうれしいけど、一番喜んでいるのはお姉ちゃんだよ。」
「あら。頼もしいお姉ちゃんになってもらわないとね」
妻とそんな話をしながら、赤ちゃんをお風呂に入れるための準備をはじめた。
ベビーバスをさっと洗い、ぬるめのお湯をためておく。何年か前、双子が生まれたばかりの時に同じことをしていたはずなのに、なにもかもが久しぶりで、あつすぎないか、何度も温度をたしかめてしまった。
小さな赤ちゃんなら、らくらく持ち上げることができると思っていたけれど、どこもかしこもふにゃふにゃで傷がつきやすい体を持ち上げるだけで大仕事だ。できるだけやわらかく、そしてやさしく両手で抱き上げるのは、小学生の子どもを抱き上げる時とはまた違った大変さがある。
久しぶりの沐浴がおわる頃には、僕の首と腰はすっかりダメになってしまった。
それでも、お湯につかりながらふわっとゆるむ赤ちゃんの笑顔は、どれだけ見ていても飽きることがないから不思議だ。
妻が鼻歌を歌いながらベッドの上に着替えを用意し、バスタオルを持って浴室に向かってくるのが分かる。
お風呂上りは、部屋中せっけんの匂いであふれかえっていた。
赤ちゃんが生まれた日の午後、僕は会社に連絡し3日間の休暇をとる連絡をした。
予定日より3週間も早く生まれた娘のために、準備することがたくさんあったからだ。
まずは、家族全員で決めた赤ちゃんの名前を、病院でもらった書類に一つ一つ書いていく。
そのあと出生届けを区役所に提出して、会社に提出する書類を準備したら、ベビーベッドやベビーカーを探して用意しておかなくてはならない。
何年も前の記憶を頼りに部屋中を探し回ると、長男と双子が使っていた少し大きなベビーベッドは納戸の奥においてあって、ほこりをかぶってしまっていた。
子どもたちがまだ小さかった頃を思いだしながら、濡らしてタオルで拭きとり組み立てていく。
長男と双子が生まれたときに使っていたはずのベビーグッズも、時間の経過とともにすっかり古びて、キレイなものも残っていた気がしていたけれど、もう使わないと幼稚園のママ友へ譲ってしまったことを思いだした。
「ベビーカーが見当たらないな。使うのはまだ先だから、他にも準備するものがないか確認しなくちゃ」
赤ちゃんが退院するまでに必要なものを確認して、今度は子どもたちの洗濯物と夕食の支度に取り掛かった。
妻が家にいないからといって、育ちざかりの中学生と小学生3人分の洗濯物をためるわけにはいかない。
山のような洗濯物を放り投げ、洗濯機のスイッチを押した後、夕食の支度をする。子どもたちが帰ってきたら、学校で配られた配布物に目を通す。
今週末の授業参観についての連絡だった。妻が入院中で、クラスが別々の双子はどうしたらいいのだろうと考えながら、数年後には生まれてきた赤ちゃんの授業参観にも妻と参加する日がやってくる。想像するだけで、いまから胸がいっぱいになってしまった。
赤ちゃんが生まれてから、あっという間に1カ月が経った。
準備不足だった肌着やベビー服は妻が退院してから買いそろえ、ベビーカーは誰に譲ったのか思いだせず、まだ買っていない。
「そろそろお宮参りに行かないとね」
「来週の土曜日は仕事になりそうだから、日曜日にしようか」
「うん。双子のお宮参りの時は雨だったから、次の日曜日は雨が降らないといいね」
「そういえば雨で大変だったな。今度は晴れるといいなぁ」
小学生になる双子のお宮参りをした日は、その季節には珍しいくらいの大雨だったことを思いだした。
抱っこひもの中で大泣きして、神社の中でどんな雰囲気だったのか記憶にない。
僕が忘れないようにカレンダーの日曜日に丸をかくと、隣にいた妻が日付けのそばに小さなてるてる坊主と朝顔のイラストを書きそえる。そのちょっとしたしぐさが可愛くて、思わず妻を抱きしめようとしたとき、寝ていたはずの赤ちゃんが急にぐずりはじめた。
「ずいぶんタイミングがいいわね。」
そういって妻が赤ちゃんを抱きかかえると、小さな手の平をひろげて眠そう笑い、妻もつられて笑顔になる姿がやっぱり可愛くて、僕は妻と赤ちゃんを抱きしめた。
週末の日曜日。願いは無事に天に届いたようで、朝から雲ひとつない晴天だった。
神社につき受付を済ませると、宮司の後ろを家族で1列になって、本殿へ続く廊下をゆっくりと歩いて拝殿にはいった。
厳粛な雰囲気の中でも、赤ちゃんは妻に抱かれながらスヤスヤと眠っている。
「これから初宮参りの御祈祷を始めさせていただきます」
和太鼓の重たい音と、宮司の低い声が響きわたり、空気がピンとはりつめ、少し背筋がのびた。
僕の真後ろには長男がすわっている。彼の目にはどう見えているのだろうか。
いつか彼も、父親になる日がきっとくる。
父親同士でビールを飲む日がきっとくる。
その日まで、子どもたちを支え続けよう。
もう1度背筋をのばしながら、僕が守るべき命がまた1つ増えたのだということを改めて実感した。