かぞくとわたし 第十三話「東京やさしさ散歩」

2017/06/09 UPDATE

サカイエヒタさんとご家族のあたたかい日常を描いたエッセイ、更新です。
娘さんと近所を散歩していると、さまざまな新しい発見を得られるそう。
東京に暮らし、子育てを楽しまれているというサカイさんの視点が光ります。

娘が動き回るようになった頃から、僕は腹を決めて、仕事のほとんどを自宅で行うことにした。なるべく子育てに参加できるようにしたのだ。自分の会社だからこんなワガママが通用するのだけれど、うちのスタッフにも子どもが生まれたら、ぜひ子育てを優先に考えてほしいと思う。なぜなら、「家族」を営んでいく作業はとても面白いからだ。

あたたかな日差しが窓から差し込む午後。プラスチックの食器が宙を舞い、地獄の蓋を開けたかのごとき叫び声がリビングに響き、猫たちは逃げるようにベッド下に潜り込む。離乳食の雑炊を頭からかぶった奥さんの静かな怒りが臨界点に達するギリギリのタイミングで、僕はこの騒動の首謀者(娘)をベビーカーに乗せ、2時間ほどデートに出る。

僕ら家族は去年から、東京都中野区に住んでいる。娘とのデートは、自宅から半径2キロ圏内をあてもなく歩き回るだけの散歩なのだけれど、これがなかなか楽しい。引っ越してきて1年も経たぬ近所を散策すると、僕好みのラーメン屋に出合ったり、惣菜の品揃えが豊富なコンビニを見つけたりと、新たな発見が多いのだ。

娘と街を歩くと、普段なら気にもかけないような場所が実はやさしい場所であることに気がつく。ちょっとした休憩に最適な日当たりの良い公園。おむつ替えができる広いトイレのある商業ビル。子どもたちにカラフルな風船をくれる駅前の大型スーパー。こんなポイント、野郎が一人で歩いても絶対に見落としてしまう。

そしてなにより、出合う人々がとてもやさしい。みんな、ベビーカーから見上げる娘を覗いて微笑んでくれるし、手を振ってくれる。あやしてくれたり、声を掛けたりもしてくれる。子ども、高校生、若い女性にお兄さん、おっちゃんおばちゃんお年寄り、誰もがもれなくやさしいのだ。

「東京の人ってやっぱり冷たいよな」という言葉は、呑みの席でよく聞かれる。「東京は子育てには向いていない」なんて極端な意見も聞いたことがある。小一時間赤ん坊を連れて歩けば、東京にも確かにやさしい人は多いと知ることができるのに、決めつけて悲観してしまうのはとてももったいない。
こないだ早稲田通りを歩いたときなんて、プリングルズを持った嘘みたいに典型的なアメリカ人に「スッゴクカワイイネ〜!パパファイトネ〜!ガンバッテネ〜!」って、めちゃくちゃ応援してもらったもの。


夕方になり、「そろそろかえりまーす」と奥さんにLINEを送った。すっかり眠り込んでしまった娘を眺めると、彼女にとってみれば東京の街が故郷なのだと気がつく。緑は決して多くはないけれど、ちゃんとやさしい人たちが住んでいる故郷。できるだけ長い間、この故郷を一緒に歩いていけたらいいなと、僕は力強くベビーカーを押すのであった。

つづく

投稿者名

酒井栄太(サカイエヒタ)

株式会社ヒャクマンボルト代表。日々丁寧に寝坊しています。奥さんと娘、猫2匹と暮らしています。清潔感がほしい。
URL:1000000v.jp Twitter:@_ehita_