【第十一話】雨が好きになった理由
奥さまやお子さん方への眼差しが優しい、shin5さんの家族エッセイ。
憂鬱な梅雨の季節も近づく今回は、雨にまつわるエピソードを聞かせていただきました。
雨男だと嘆くshin5さんと、雨が好きだという奥さまのやりとりが素敵です。
そして編集部一同より……。
shin5さん、奥さま、お子さん方、新しい家族のご誕生おめでとうございます!
「明日も、雨ふるのかな」
家計簿をつけている妻の横顔に話しかけると、こちらをむいて頷いた。
僕はお風呂あがりのビールを飲みながら、部屋のカーテンを少しあけて、窓の外をのぞく。
さっきまでの大粒の雨は止んでいて、いまは霧のような細い雨が静かに住宅街をつつんでいた。
思わずちいさなため息をついてしまう。
「そんなに雨がきらい?」
「うん。スーツや靴下が濡れると大変なんだよ。明日も朝から客先で打ち合わせなのに……」
「私は雨が好きだよ。雨がふる音を聴いていると落ちつくし、雷がゴロゴロ鳴るとついワクワクしない?」
「うーん。雷も好きじゃないかな」
「そっかあ」
そんな話をしながら、ふたりで窓の外をながめる。
窓に映る妻の顔は、すこし残念そうだった。
ゆっくりと手をのばして、窓をそっとあける。雨の音はもう聞こえないくらいちいさくて、濡れた道路や車や家々の屋根がキラキラ光って、まばらに立つ街灯がボンヤリ灯っていた。
大雨と強風の予報を聞いてはやめに仕事を切り上げたのに、電車から降りた瞬間にタイミング悪く大雨が降りだした。
家まで徒歩10分もかからないからと傘をさして走ったら、思った以上にびしょ濡れになってしまい、帰ってすぐにお風呂にはいらなければならなかった。
「僕は雨男なのかもしれないな」
「運が悪いだけだよ。それにもし雨男だったとしても、私はうれしいよ」
「どうして?」
「雨の日はお洗濯はおやすみ。のんびりできるわ」
「雨が好きってそういうことか」
「それだけじゃないけどね。雨男さん」
そう言って、妻は上機嫌に鼻歌をうたいながらソファーに座る。
僕は飲み終えたビールの缶を片付けると、アイスクリームを持って妻のもとへ向かう。彼女は嬉しそうにまた笑って手をのばした。
雨が降っていても、仕事で疲れていても、この笑顔に癒される。
イライラしていた僕の気分までふわっと晴れた気がして、一緒に笑ってしまう。
こんなことなら、雨男も悪くないかもしれない。
翌朝。
雨は昨晩よりも強く降っていて、またすこし憂うつな気分になった。
雨の日は、子どもたちの登校に付き添うことにしている。視界がわるく、路面も濡れている通学路は普段より注意が必要だからだ。
すこしはやく起きて、朝食を準備する。
子どもたちが食卓についている間に長靴と雨合羽を玄関にならべ、ベランダに出た。
起きてきた妻が、僕の背中に話しかける。
「パパ、おはよう。どうしたの?」
「サボテンを濡れないところに移動させようと思って」
「ほかのお花たちは、雨が降っているから水やりしなくても大丈夫ね。あっ、あじさいの蕾もそろそろ開きそう」
「ほんとうだね。もうこんな時間だ、準備しないと!」
「今日は私も一緒に学校までいこうかな」
「じゃあ急いで着替えておいで」
僕がスーツに着替えているうちに、子どもたちは食べ終わった食器をさげて身支度をすませる。妻のほうが準備がはやくて、食器を洗って待っていてくれた。
「さぁ、みんなで出発しよう」
子どもたちを校門まで送りとどけると、妻は僕のことも見送ってくれると言って、一緒に駅まで向かうことになった。
「私、朝ごはん食べそこねた気がするわ」
「打ち合わせは10時からだから、まだ余裕があるよ。カフェでモーニングする?」
「うん。そのつもりだよ」
「ははは。さすがだね」
「雨の日はいいこともあるでしょ」
「確かにそうかもしれない。こうして手も繋げるからね」
「しょうがないなーって、繋がないよ?」
そう言っていたずらっぽく笑うと、妻は花柄の傘をとじて僕の傘にはいってきた。腕を組んで一緒に歩くと、すこしドキドキする。
昨日までよりも、雨が好きになっている自分がいた。